小説「夜の壁の中で」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

兄は狂っていて
(本当は狂ってなんか居なかった。
ちょっとだけ頭が悪くて、なのにちょっと真面目だっただけだ。だから、無駄に勉強だけして無駄に成績が良かった。
だから、無駄に親の期待をしょいこんだだけだ。
ただ、真面目だっただけだ)、
わたしは小学生のころから夜、家の外に出された。
追い出されたんだけど、親たちからしてみたら、私をまもるつもりだったらしい。
兄は、狂って(狂ってなんかないけど)暴れた。テレビも扇風機も食器洗い機も壊してしまった。よく分からない親たちは、それを、壊れたままにいつまでも放置していた。
しかし、親たちは分かりやすい人だった。勉強に時間をかけすぎて、胃潰瘍になって入院して、センター試験を受けられなかった兄について、
“頭がおかしくなった”
と解釈した。
出来のいい私たちの子どもが勉強くらいで体を壊すわけがない、きっとなにかあって、気が狂ったに違いない。
と、こんな風に解釈した。それが一番納得がいったんだろう。兄が退院して、勉強もせずに家で暴れて暮らしていても、
「頭がおかしいのだから、当たり前」
と言ってたくらい。彼らにとってはなんでも分かりやすいのが大切で、複雑なことを思うのを、非道くきらった。
兄が座卓を投げたりして暴れるので、わたしは玄関から外に出された。
わたしは山とか林とかがたくさんある町に住んでいたので、夜の空気はとても生きていた。
わたしは、外に出されるとほっと息がつけるのだった。
暗闇は壁になってわたしのからだにぴったりくっついてくる。
「こんなやつはいない」
と思わせてくれる。分かりやすい。親たちと同じで、わたしもなんでも分かりやすいのが好きだ。
こんなやつはいない。
こんなやつはいない、
こんなやつはいない。

それはとても安心な時間だった。建物の中では、物を引きずったり叩きつけたりする音が響いていたけど、夜の壁の中に居るわたしにはことごとく無関係だった。
無眸に抱き締められたあの安心感。それに浸りたくて、わたしは今日も、家を出ていく。