長編小説「自動的なマシーン」12 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

 あの時私が挙げた悲鳴。マシーンの出来事について担任が家にやってきて話した時の事。

 本当は、私は気が付かないうちに悲鳴を上げたのだと思う。そして誰かに、一体誰にすがることが出来たというのだろうか。誰にもすがれやしないのに。

 私の本音は、助けを求めた。誰かこの現実から私を助けて、無かったことにして! と。

 現実は受け止める方が簡単だ。逃げたら、逃げるほど面倒に巻き込まれていく。私は現実を受け止めた。そして、心の中で悲鳴を上げた。

 私の息子が加害者になった! と。やっぱりやっぱりやっぱりやっぱり、と。

 本当はずっと、私は恐れていたのだ。自分の子供がいじめの加害者になったらどうしようかと。

 本当はとても恐ろしかった。結婚するとき、やがて自分が子供を産むと理解した時、怖くてどうしたらいいか分からなかった。

 決心していたのに。必ず必ず私が制裁を加えようと。どんないじめ事象の時も彼らは赦されてしまう。あほばっかりだから。言われたことを言われたままに動くあほばっかりだから彼らは赦されてしまう。だから私が必ず制裁を加えよう。そう、心に決めてきた。そうでもしないとお腹の中の無様な肉の塊と、毎日向き合ってなんて居られなかった。

 いじめが発覚して、私はマシーンを学校に行かせずに家の中に閉じ込めた。自分のしたことと同じことをマシーンに実践させるために。まずは社会から切り離した。自分の手で事件から報復を受けるように。

 マシーンは私の手によってまずは社会的という友達を失った。

 

「俺も仕事しようか。」

 いつの間にか放送大学は終わったようだった。マシーンは放送大学には加入していない。スクーリングが出来ないからだ。意味がないからだ。

「何?」

 私はイヤホンを外して訊いた。そしてテレビ画面がインフォメーションに切り替わっているのを見て、

「面白かった?」

 と逆に尋ねた。

「経過報告にしては希望的観測過ぎる」

 と言う。

「それで、なんなの」

「いや、俺も仕事しようかなと思うんだけど」

「駄目よ」

 私は一蹴にする。

「何も外に出ようってんじゃねえよ。お母さんの仕事の手伝いしようかって言ってんだよ」

「余計お世話です、別に」

「無いんだろ、金」

 とマシーンはフラットソファにふんぞり返って、なんだか生意気に言うのだ。

「無いよ。お金は」

 私は本当のことを答える。

「だからさ、俺がお母さんの仕事手伝ったらお母さんがもらえる仕事の量増やせるだろ。それだけ収入につながるってこと。そう思ったんだけどな」

「お金が欲しいの? なんに使うの? なんに使うの?」

 私は訊いた。

「別に。無いよりあった方がいいだろうかと思ったんだ」

「あんたは終身禁固刑。分かっているでしょう? お金なんて今あるだけで十分よ。それより何よ、今更外に出て何かにお金使いたいの? 趣味でも出来たの?」

「まあ、暇ではあるね」

「外に出ることは赦しませんよ」

 はいはい。とマシーンは答えた。

「分かってるよ、俺は終身禁固刑だからね」

「死んだら外にでてもいいわよ。」

 私はいったんデータを保存しながらメガネをはずしてマシーンの方を向いたのだ。

「その死に方が分からない。」

 マシーンは若い女性がしゃべり続けているテレビに視線を戻して暗い目をしていった。

「俺死ねばいいんだろ? でも死んだら外に出てもいいってお母さんいっつも言うよな。死ぬってなんだ? 俺はどうやったら死ねるの?」

「あんた賢いのにいつまでたってもあほよね。」

 私は仕事道具を片づけながら、呆れた。こんな聡明な息子がこんな簡単なことに気付かない。だから私はあえて嘘を言う。

「自分の胸に手を当てて考えてみなさい。」

「そんなことをしたって何も分からない。」

「そう。分からないからあんた未だに外に出られないのよ。」

 お母さんも発泡酒飲もうかな。私は物入れの中から缶を二つ取り出してきて、冷凍庫にしまう。もっと冷やそうと思ったのだ。

「死んだらって、そういうことじゃないんだろ」

 マシーンはテレビのチャンネルを適当変えていきながらそう言ったのだ。私の方は見ない。古い海外の映画をやっているのを見つけて、マシーンは手を止めた。

 モノクロームの画面で若者がトランペットを吹いている。バルブの無い不思議な形のトランペットだった。

「お母さんなんて偉そうな事言ってもカラスのことで自分が赦せないだけじゃねえか」

「カラス?」

 マシーンは急にわけのわからないことを言う。カラス? 何のことだろう。