最近は、店やでまるごとの鶏を売っているから良いや。と喜んでいる。
裏庭の松の木の枝をひんむいてきて、それに、まるごとの鶏をぶっ指して、塩を振って、ガスコンロで燃やしながら、火の着いた辺りをかじっている。
ジジイはバカだから、そんな食いかたが一番好きなんだそうだ。
こんだイノシシでやってみたあ
と言った、バカが、嵐だ。
私は、ガラスサッシを閉めない。風が水をつれてくるのを待っている、すると、窓辺の植物が生きる。
こいつは全く強かなやつで。
私がどんなに水やりを止めても、堪えて生き延びるんである。どんなに枯れそぼっても、未だ翠の新芽をだすんである。強かなやつなのだ。
バカなジジイが生焼けの鶏を、ガスコンロの火で焼いている、そこに塩を振って、つまり人間の食いもんとはそんなものだと思っている。
肉と塩があれば人は生きると思っている。
そんなもんかな。
そんなもんかな。
水さえあればこの草も生きていく。どんなに干からびても、水。やれば。また翠の葉かのさばってくる。
ジジイが鶏の背骨をかじっている。弟たちは眠った。嵐は依然、強くなる。
私は吹き込む雨で、ラジオが壊れないかぼんやり悩んでいる。