私小説「位牌の裏」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

祖母は、姑にあたる私の曾祖母に、
「お前が殺したんだ!」

と言ったのだそうだ。どんな神経を持っていたにしても、どんなに人間が出来ていなくても、そんな事を言うやつがいるなんて信じられない。

祖母はずいぶん前に死んだが、今にして思うとその人格は、早くから破綻していたに違いない。

おそらく、誰も気付かないくらい、早くから。

お盆が、来る。
私は実家の仏壇の掃除を手伝っていた。
暑いので、仏間にはクーラーが点けてあり、そでも母親は汗だくになって普段適当に突っ込んであるろうそくやらお菓子やらを取り出してくる。

私は、要らないものはまとめて捨てたり、菓子盆の埃をはらったりして居た。
二人いる息子のうち小学生は図書館に出掛けていき、保育園児は犬のぬいぐるみを振り回してきた。

父の新しい位牌の他に、先祖代々の名前が(戒名が)書かれた位牌があって、私が蝋燭立てをきれいにしていると、母親は仏壇に布巾をかけるため、その大きくて立派な位牌を私の目の前に出してくるのだ。

次男が、障子を破りそうになって、叱られて泣いた。

その大きくて立派な位牌の裏を見たのは初めてだったかもしれない。

凄惨なものだった。

23歳(女性の名)、19歳(男性の名)15歳(女性の名)、13歳(女性の名)、
昭和18年、19年、19年、20年。

若くして、立て続いて、祖父の兄弟が死滅した痕跡だった。

曾祖母の受けた心痛は、どれ程だったか。

それをあろうことか、
「おめがみんなころいただ!」
と祖母は言った。いったいどんな憎しみがあれば、人はそこまで醜悪になれるだろう。
醜悪で陰湿だった私の祖母だ。

23歳、19歳、15歳、13歳。
こんな若さで子供たちを次々に失った私の曾祖母に、いったいどんな落度があったと言うのか。
(貧乏な家で、医者にもろくに掛かれなかった、みんな病死だったのだそうだ。生き残った祖父から生まれた私の父が、曾祖母に掌愛されたことは、想像に固くない。)

故無く不幸を被る人がいる、そして故無く人を誹謗する奴がいる、同じ国の、同じ土の上に足を乗せている。そして誰にも彼女を救うことは出来ないし、誰にも彼女を裁くことは出来ない。すべて、過去の話なのだ。

しかし、位牌の裏を見ては私は思うことだろう。

曾祖母の悲嘆を、
愚劣だった祖母の事を。