「じゃあ、これ食べたら恵俊さんの所に行こうよ。」
おばちゃんに作ってもらったうどんを食べながら、私はまだ機嫌の悪い笹子に言った。具合を悪くすると、笹子はいつも機嫌が悪くなる。
無理もないかな、と私は思う、自分ではどうすることも出来ない笹子。なんでだか知らないんだけど、私が一人でいろんな事が分かればいいのに。
「どうして?」
玉子うどんを食べ終わった笹子は、お茶を注いでもらっている。
「ちゃんとあっち側に買ってるかどうか、確認しときたいのよ。」
「だって、そんなこと言ったって、また出てきたらどうするのよ。」
と、どこまでも機嫌が悪い。まあ、最近笹子が体調を崩す頻度は多くなっている。こんなにしょっちゅうどこか痛くなっていたら、それは機嫌も悪くなるだろう。
そして私がみんな悪いと思っているんだろう。ごめんね、と私は思う。でも私には笹子が必要だし、笹子だって、私が居ないと困るに決まってる。私たちは、そういう関係で生まれてきたのだ。
「だから、きちんとお帰りいただいているかどうか調べに行くのよ。」
「仕方ないなあ。」
と、笹子はこれからお寺に行くことをおばちゃんに話している。恵俊さんは、この辺りの家がみんな入っているお寺さんの跡取りぼうずだ。
今年大学を卒業して、和尚さんの手伝いを本格的にやり始めたそうです。恵俊さんが居ると私たちは何かと助かる。まだ半人前でも、お寺さんの子というのは、この街で信頼されているものだから。
具合を悪くしたばかりだから、また出かけることにおばちゃんは渋っていたけど、
「まあ、いつものことだから。」
と納得してくれた。いつも、人じゃない何かの影響を受けている自分の娘のことを、おばちゃんは一体なんだと思っているんだろう。
私と笹子は自転車に乗って恵俊さんが居るお寺へと向かった。
「こんにちはー。」
と、本堂の横の玄関で声を掛けると(お寺さんの玄関は常に鍵が開いている)、
「また来たな。」
と、作務衣を来た恵俊さんが現れた。雑巾を持っている。
「御堂の掃除中だ。邪魔せんでくれよ。」
「ごめん、恵俊さん、位牌堂開けてくれないかな。」
私は頼んだ。
「なんだ。またなんか引っかけてきたのか。」
と恵俊さんは呆れている。人以外が起こすもめごとの時、お寺さんは便利だ。私や笹子みたいな小娘が、もめごとの渦中にある家や人に関わろうとしても、門前払いされちゃうから。そこは、恵俊さんが居てくれると、信頼度が一気に上がる。
そして、恵俊さんのお寺には、うちの家の位牌が置いてある廊下がある。位牌堂と呼んでいる。
「ご先祖が化けて出たから。ちゃんと戻ってもらったけど。」
「いつもいつも。本当にすごいな、お前ら。」
「一緒にしないでくださいね。」
パーカーのフードを被っている笹子はやっぱり不機嫌だ。
「じゃあこっち来いよ。」
恵俊さんの後について本堂の奥の廊下を歩いて行った。小さいアパートみたいだ。と私はいつも思う。
小さいガラス戸がたくさんあって、その中に一つ一つ、家の名前が書かれた位牌が置かれている。
ご先祖のメモリがここに保管されてる。少なくとも、私はそう思っている。ここは、人間のHDDみたいな場所なのだ。
「そら。蝋燭つけてやるからちょっとまて。」
恵俊さんは、我が家の位牌の扉を開けると、ポケットからマッチを出して蝋燭に火をつけてくれた。そして手を合わす。
「願似如来諸種善品皆悉回向し奉る。」
と恵俊さんが唱えた。
私は位牌の下の引出から線香を出してもらって、位牌の前にお供えする。
「光明遍照。」
「なにそれ。」
突っ込んでくる笹子を無視して、私は位牌に向かって手を合わす。どうかな、どうかな、どうかな。
「どうだったの?」
「うん。ちゃんともとに戻ってた。」
戻っててくれるといいんだけど。このまま。と私は思ったけど言わなかった。