「そう。で、ここが言語野。ここを破壊すると、人は言葉を失う。話し言葉を失う。ちょっと違うかもしれないけど、言語というニュアンスを失う。概念も失う。
何でもかんでも失う。
それで。
これが、スイッチを押すと言語野を破壊できるという便利な機械。そこで問題です。
“会話することを止めたら私たちは幸せになれるでしょうか。”」
「質問に答える前の質問、その機械は本当に機能するのでしょうか。」
「試作段階を、この世に存在していると言っていいなら、空飛ぶ車は存在している。」
「そしてあなたがが世界中の人間の言語野を破壊する機械を作り出したのだと。」
「言葉こそがすべての無駄だったのだ、といい加減諦めてしまったのです。」
彼は言う。
「幸せになろうと思ったらまず幸せを消さなくてはならない。僕と会話できなくなったら哀しいですか。」
「あなたははどうか知らない。
でも、誰とも話せなくなったら、そんなものはつまらないと思う。」
「会話するのは好き?」
「会話出来ない人間は嫌い。」
「気が合うね。」
と彼は言う。ココアを飲みませんか、と言った。クッキーにはミントを練り込んである、と言っている。
「そう、問題は、会話することは楽しいんだけど、会話できない相手の数の方が断然多いということなんだ。
会話できないことは苦痛だ。時には死に至る苦痛だ。会話できなくなると人は死んでしまう、いや、死んでしまう人もいる。
あるいは、殺すためにあえて会話をぶち壊す人もいる。
誰とも話せなくなったら人間は死ななくてはならない、いや、表現を変えよう、生きて行く理由が無くなってしまう。
全ての人間が会話する力を失ったら。結局僕の貧弱な発想では、こんなことしか思いつかなかったんだ。」
「会話しても、実を結ばなくて、戦争は起きてしまうから、だったら最初から会話することを止めて、
だれもかれも殺し合った方が幸せだと、そういうことが言いたいの?」
「あれ、そんな発想は持っていなかったなあ。僕は、とにかく幸せになるために幸せという状態をこの世界から消し去りたいんだ。」
「どうして?」
「幸せという概念を持たないものは、不幸になる必要が無い。そこに咲いている。」
まどの外に、満開の卯の花。
「あの花みたいに、ただ、産み落とされたから、咲くんだ。ただ、産み落とされたから生きるんだ。
でも、僕は君と会話していると、非常に不愉快になる。君と言葉を交換していることで、新しい情報に触れてしまうからね。そういうのってすごく嫌なことだと思うんだ。
会話だよ。
いちばん悪いのは。言葉の数が増えたからだよ。だから減らすんだ。減らす過程で、しあわせという概念も壊すんだ。
僕も不幸になりたいわけじゃない。だから幸せにはなりたくない。幸せを知らなければ、不幸になるリスクもない。
と、言う訳で僕はこれからこのスイッチをぽちっとしようかなと思うんだけど。」
そう提案されて、私はすこおしだけ悩んだ。
すべての言葉無き…
交わす言葉を無くしたら、私も苦しんで生きなくてもよくなるだろうか。誰もかれも幸せになれるだろうか。
私は、訊いてみた。
「あなたは結局みんなを救いたいの?自分が救われたいの?」
彼は、スイッチを半分押しては押し戻していたんだけど、うーんと言って。
「言葉がなくなれば、そんなことを考える必要もなくなる。」
と言った。
みんな、言葉が悪いのだ。