小説「徒労」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

三時間なら、
三時間。
仕事をした!と言う顔で戻ってくる人だった。
父の仕事部屋は2階にあって、誰も入っては行けないことになっていた。私は父が何をしているのか興味は無かった。

兄は父と仲が悪く、遠くの高校に寮生として入って、そのまま帰ってこなかった。母はいつも悲しそうにしていた。

父は仕事部屋から出てくるときは、疲労困憊した顔で出てきた。

もう歩けない
もう立てないもう走れない、
そんな顔をして降りてくる。お父さんは仕事が忙がしいんだと私は思っていた。母は父とは口を利かなかった。
私も、そう父と仲が良いわけではなかった。
私の家は静かだった。毎晩のご飯と梅ぼしと焼き魚、お味噌汁。私の家は恐ろしく静かだった。

「お父さんは画家だったのよ。」
父は85になり、大腿骨ケイ部を骨折して施設に入ることになった。

二度と生きて出られない施設に。

私は母と父の仕事部屋を片付けた。
「みんな、庭で燃やしちゃいましょう」
捕まるよ、と思ったけど、反論出来なかった。

父の仕事部屋には、鉛筆やカッターや絵筆やぐにゃぐにゃのチューブやカンバスやスケッチブックが山積みにされていた。

「お父さんは画家だったのよ。」
と母が言う。
私は尋ねた。

「でも、絵がない。」
「そんなもの、何処にもないのよ。」
父は代筆画家、職業ゴーストライターだった。

若い父はもがいていた。
画商に掛け合っても画廊に泣きついても一向に上がっていかない自分の画名に焦っていた。
描いても描いても父は認められなかった。
銀行が客に配るカレンダーの絵とか、フリーペーパーの表紙など描いてぎりぎりの収入を得ていた。
コンビニでパートしていた母に救われた。

ある日知り合いの美術講師が父に、
「良いバイトしないか。」
と誘った。

画塾生や美大生が課題として提出するデッサンや秀作を代筆しないか、と。

みんな美大が何かかっこいいおしゃれなものだと思って受験する、したがる。
でもそれが恐ろしく地道で地味な作業と知るとあっという間に嫌けがさす。
そんな奴はもう鉛筆を持つのも嫌になる。
でも中退したくないから卒業したい。
「そんなやつらのデッサンを代わりに描かないか。
いいバイトになるぞ。」

屈辱的な生業になった。確かにいい金になった。
絵を描きたくない画塾生は山ほどいた。
父は彼らがおしゃれなままに美大を卒業できるように、ただ、ただ、老いるまで鉛筆を握り続けた。

だから父の絵は一枚もない。

「灯油でも掛けたら、みんな燃えるわ。」
だからそんなことしたら捕まるって。
と思うけど、仕事道具を燃やしてほしいのは父の心からの願いだそうだ。