一本の糸、一片の石、一枚の花びらからも書は生まれます。
そこに何も見いださないと言うのなら
それはあなたの怠慢です。
怠慢なままにすべて辞めてしまおうと言うのは、
悪質な人間のやり口です。
もう、書で生計をなすのはやめようと思います、と言ったときの先生の言葉だ。
「結局はあなたの怠慢です。」
これは痛かった。自覚していただけに。
私は思う。
何ものも、思考に乗っていないときに人は幸福で居られるのでしょう。
自分のできなさ、やってなさ、それを自覚して、それでいて無視しているときに、私は心底から不幸をすするのだ。
だって、自分が何もしていないこと。自分で知っているから。
書道家としてこれ以上やっていっても意味がないから、辞めたいです。
でもそれは私の怠慢だと先生は言う。
つまり、私はまだ苦しんでさえないのだと。
「一輪の野花の中にも、地獄を見出だすようでなくてはいけません。」
おそろしい話だ。
なら先生は、そんな世界の果てから果てを泳ぐような心地で毎日筆をもっているのでしょうか。
そして私にはそれが出来ていないと。そう言うことでしょうか。
時には無いものをあるとでっちあげる。
書くとはそう言うことでしょうか。
それが、私には勤まるでしょうか
と尋ねたら、
「分かっていることを、あえて訊くのは阿呆のすることです。」
先生は無下だ。