小説「氷が解けるみたいには」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

純粋なほど。純粋なほど、無くならない。忌々しい。

「僕にやつあたりするのはやめてくれよ。」

と彼が言う。友人の仕事場にやつあたりをしにきている。忌々しい仕事をしている友人。

「とけちゃえばいいのに。」

呪いの言葉を吐いてみた。こんな。冷蔵庫一杯の氷の塊なんてみんな溶けてしまえばいいのだ。

「盛大に水浸しになって、僕は廃業だ。」

 

彫刻用の氷を出荷する業者である友人は、毎日冷蔵庫の温度管理とか使う水の水質管理に神経を詰めている。

「忌々しい仕事ね。」

「だから僕にやつあたりをしないでほしいな。大体もう何か月?」

「2年になる。」

「そんなに経つんだ、君の失恋から。」

しつこい人だなあ。

冷蔵庫の重たい扉を閉めながら、

「死にたいんならこのなかで一晩泊まる?」

と訊く。

「死にたいなんて、思ったことないわ。」

「ショックだったのに?」

「ショックだったわ。」

そう、ショックだった。でも、人を好きなった気持ちは氷が解けるみたいには消えてくれない。忌々しい。

私は、まだ忘れずに思っている。しかたないじゃないの、消えてなくなってはくれないの。

「だからって毎日人の仕事を邪魔しに来ないでほしいもんだ。」

彼は事務室の冷蔵庫を開いて麦茶を取り出す。さっき冷蔵庫を閉めて

また冷蔵庫を開ける彼。目的が違えば存在する原因も違ってしまう。私もそうだ。存在する原因にはなれなかった。

私の原因は。その人のためにあるのではなかった。だからショックだった。だから忌々しい。

未だに解けてなくならない。私は忘れず思っている。毎日毎日思っている。

自分以外の人を好きになってちゃんとしあわせでいるその人のことを。

 

「2年も毎日やつあたりされて、あなたもよっぽどひまなんだと思うけど。」

「そっくりそのまま君に返すよ。」

私はお金持ちなので仕事をする必要が無いのです。

彫刻にする氷には、不純物が混ざっていてはいけないのだそうだ。純粋に純粋に。そういうように水を仕上げていくと、堅くて、堅くて、滅多なことでは解けない氷が出来上がる。

だから私は忌々しい。彼の仕事が忌々しい。

 

純粋なほど、

純粋なほど溶けてなくなってくれない。

イヤミか。と思う。私に対するイヤミのつもりか。私がどれだけその人を想っているか。2年間

ほとんど忘れた瞬間が無いほどに。

 

イヤミのつもりなのだ。

だから、溶けてなくなってくれないんだ。

 

「君のそれはもう、狂気というのだと思う。」

冷蔵庫作業用の上着を脱ぎながら彼が言った。

「もし私が狂っているのなら、そのにあった氷であなたを殴って殺してやるわ。そして凶器は水となって証拠にならず、完全犯罪。」

「残念なことに僕の氷はそう簡単には解けないよ。」

純粋だからね。

彼は言う。

 

「いつか殺してやる。」

「だから僕に八つ当たりするのは止めてくれって。」

別に殺しはしない。でも、この友人の忌々しい仕事の生で、私もいつまでたっても消えてなくなってしまえない。そう思って、仕方がない。