小説「村田」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

コーヒーとヨーグルトを買うためにレジに品物を置いた。

 

無礼でも下品でも傍若無人でもなんでもいい。そういうものが服を着ているような男性の一団が、しかも軒並み歯が抜けていて舌足らずなのに、政治家と市役所の悪口を言っているのだけは聞き取れる、それでいてしょっちゅう、ジョッ、ジョッ!!と口の中でつばをこねる音をさせている。

 

そんな一団がレジに品物を置いた私のすぐ後にレジの上にから揚げと菓子パンを山ほど置いて、

「35番ちょうだい。」

なんていう。

 

不愉快だった。コンビニの人だって困る。前のレジ打ちが終わっていないうちに他の客が品物を入れてくることほど迷惑なこともない、商品が混ざって分かりづらいじゃないか。

 

三人の中年男性だった。ジョッ!ジョッ!と歯の無い口で不愉快な音をさせながら、舌のまわらない口で、それでも卑猥な内容と分かる話をしては

だっばばばばばばば、

と笑って、酷い騒ぎだ。

 

私は、村田も今頃こんな年寄になっているんだろう、とふと思う、私たちも40が見えてきた、村田がこんな男になっていたら、それは中年というよりももう年寄だろう。

人生のスタンダードを転がり落ちたのだ。

 

村田は中学一勉強が出来なかった。

近隣の高校の3次募集まで受けて全部落ちた。

だから進学できる場所がなくて、遠くの県のそういう行き場の無い中卒生をあつめて、昼間は仕事させて夜勉強させる施設に入るんだと、クラスメイトに聞いた。

村田は勉強が嫌いだったけど、致命的に頭も悪かった。悪かったのは勉強の才能だけで、日本語はちゃんと理解していたから会話が出来た。私は村田が嫌いではなかった。

 

でも、今頃村田もどっかでこんな風に下品でも、無礼でも、傍若無人でもなんでもいい、そういう人と言うより、塊になってしまっているのだろう。

私はそのことを思った。

 

勉強が嫌いなことが問題じゃないんだ。

自分を磨こうという感性を持っていない人はみんなこんな泥人形みたいになってしまう。私は自分のレジの後ろから

ジョッ!ジョッ!ジョッ!

と不愉快な音を止めない塊たちを心底憎んでいた。お前らのあたまんなかなんにも入っていないだろう。

 

私は自分の買い物を終えて、不本意だったんだけどそのやっかいな塊から逃げるためにコンビニから急いで離れる。深夜にはまだならない夜の時間。なにか、工場で働いている男達だったんだろう。

 

村田も今頃どこかで溶けたを歯を抱えながら酒でも喰らってテレビに向かって怒鳴りつけているだろう。

私にはその絵がはっきりと見えた。私は村田が別に好きではなかったけど、村田は悪い奴じゃなかった。

 

でも今ではきっと村田は悪人の一種になっているだろう。自分を磨くタイミングを逸した人間はすべからく悪人だ。感受性が腐っている。

感性が駄目になったら、それは人間と言えるだろうか?

 

そんな奴は山ほどいるさ、私はそれを知っているさ。でもね、元の友達が泥の塊みたいになってしまったところを想像したら。

そいつの人生に起きたことに、私だって哀しくなってしまうんだ。