「何やってんだ。」
と訊いたら、
「こんな雨でも火が付くことがあんだよ。」
と言うので、
「バカじゃねえの。」
と言ったら、
「お前チェレンコフ光って知らないの?」
と言い返す。だから僕は、
「教科書に書いてある以上の情報はいらないね。」
と言ってやった。そいつは意に介さない。ずっと雨の窓の外を見ている。みんな帰った。僕は教室に鍵を掛ける様に担任から鍵を預かってきたのだ、中間テストの終わった、雨の日。
「おれは見たんだよ。」
「何を?」
僕は問い返した。いらいらした。こいつ、なんでこんなところに居残ってんだよ。僕はここに鍵かけて家に帰りたいんだ。
「いいんだけどさ、僕これからここに鍵かけるから、早く帰ってくれないかな。」
「雨に火が付くところとか見たくねえの?」
「雨に火が付くわけないじゃないか。」
めんどくさいやつだ。雨に火が付くはずがない。
「それが付くんだなこれが。」
とそいつは自分の机に頬杖ついたまま僕の方を見もせずに言う。自分の世界に浸るのはいいが僕はと雨が酷くならないうちに家に帰りたい。
「宇宙から飛来した素粒子が、水分子とぶつかるとその衝撃で火花が走るんだ。おれは見たんだ、一回だけ。」
「なんだ、それ。」
奴はめんどくさそうに僕の方を見る。めんどくさいのはこっちだというのだ。
「お前馬鹿だな。それがチェレンコフ光っていうんだよ。」
「どうでもいいよ。さっさと出てけよ。」
と僕は行った。本当に、早く出て行ってほしい。
「ちぇれんこふでもなんでもいいから早く帰ってほしいな。さもなきゃ担任が来るぜ。言ったけど、僕はここに鍵を掛けないといけないんだ。」
「いいぜ。」
とそいつは言った。
「なに?」
「いいから鍵かけて帰れよ。おれは構わねえよ。家に帰るのなんてなんだよ。なんてことねえよ。帰れなくても別に問題ねえよ。
おれはここでこうして雨に火が付くの待ってられたらそれでいいんだ。」
「そんなに雨の火が見たいのかよ。」
僕はちょっと、興味を引かれて訊いた。
「おう。」
と言った奴の目が。それこそ火花を喰らった雨粒の様に光っていた。そうか、そんなに価値のあるものなのか。こいつの中では。こいつにとって雨が燃える瞬間を目にすることはそこまで。
「じゃあ勝手にしろよな。」
僕は教室に鍵を掛けて職員室に戻る。