小説「考えない街」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

結果が分かってしまうと、とても楽になった。私たちは呪われている。

零年代から提唱され始めたムーブメントで、

「この世の出来事は突き詰めていくとすべて呪いで説明が出来る。」

そうか、私は呪われていたのか、そう思ったら、とても楽になった。

 

例えばあなたが職場でいじめられているのは、あなたに呪いが掛かっているからです。あなたは生まれた時から呪いをかけられていて、それがここへきていじめという形で表れているのですから。

 

そしていじめる方も呪いに欠けられている。人を人とも思わない、そういう呪いに掛かっている。

呪いとは、すべての因果の根本なのである、そういう考え方が街を支配していた。でも、誰も呪いを解く方法は考えない。

 

呪いは解くものではない、これも、零年代からのムーブメントの一環。呪いとは、受け入れるものなのである。

例えばあなたの家の隣に飛行機が落下してきて、家族を含めて近所の人がすべてお亡くなりになっても、それは呪いだ。

呪いという言うよりほかにない。そしてあなたはそれを受け入れるでしょう。受け入れる以外に呪いとの付き合い方が無いのである。

 

この街は呪いから形成されている。すべてのシステムが呪いを元に構築されている。

 

今日、どこかのビルでエレベーターが急降下してけが人がたくさん出ても、それは呪いだ。だから呪いの原因は分からない。

呪いは因果の根本であるが、なぜ根本であるのかを考えるのは人間のすることじゃない。じゃあ誰がするのだろう。

90年代だったら神様と応える人が多かっただろうが、今ならさしずめ人工知能と言ったところ。

そして、人工知能は呪いを思考しない。人工知能でも思考しないことなんだから、人間が考えても仕方がない。

だから誰も呪いについて考えない。呪いは街を支配している。そして私たちはそれを受け入れて生きている。

 

人のすることなら解決策はあるだろうと言うのが80年代の考え方。しかし、人のすることを人が解決しようとして、さらに滅茶苦茶になったことは、いくつかの戦争で証明されている。

戦争を戦争で解決した結果、それは雑草の、地面の上に生えている葉っぱを切っただけになった。根は土の下で生きている。

 

そこで呪いというムーブメントが始まった。呪いなら、受け入れられる。それはあなたも私も平等にこうむっているものだから。

呪われていない人なんていない。生まれてくることがすでに呪いだから。そういう風に考えるとすべてのつじつまが着く。そうしてこの街は動いている。

 

すべての行いと結果は呪いが手動していて、その呪いを行っているものは、この世に存在しない。

呪いは呪われている人間がいるだけで其処に在るだけであって、誰かが呪いをかけている訳ではない。

 

だから、私たちは考えないことにした。今日は水道の水が止まった。これも呪いだ。でも、呪いなら受け入れるしか仕様が無い。

私は今晩、何も飲まずに、何も口にせずに、眠る。