子供を連れて近所のイベントに出かけた。
舞台演目の中に人形芝居があった。ねずみの兄妹について物語った演目だったが。
私はその時非常な違和感を持って、演台の上を動き回る人形たちを観ていた。子供は小動物が好きなので夢中になってみている。ねずみの七人兄妹が今池で釣りをしているところだ。
しかし私には違和感があった。なんだろう。私は、このちいさな縫い包みたちの動きの、何にそんなに不協和音を感じている?
私の中の何かが舞台の上の喧騒に反応していた。私はその理由が知りたくて、かなり真面目になって記憶の袋の中をあさりあさりした。
私は学生時代一人だった。私は一人で夕方の講堂を、階段を、夕陽を浴びて降りていく。私は一人だったから、旅行に行くときもひとりだった。
だからあの時もひとりで京都市に旅行に行ったのだった、思い出した。たいへん腑に落ちなかった旅行の思い出、それを、今私は思い起こしているのだ。
京都を、旅行した時の事。
名前は忘れてしまった。思い付いてふらりとちいさなお寺に入ったとき。
そこは昔の身分の高い女性の菩提寺と言って、小さいが由緒があった。
その女性には一部に熱烈なファンが居るらしく、門を入ってすぐに記念館が建てられていた。
その中に、人形芝居小屋があったんだった。今思い出した。
子供は相変わらず舞台の上のねずみたちにきゃあきゃあ言っている。同じような子供がたくさんいて賑やかだ。
からくり人形の舞台だった。その女性の生涯を抜粋した。
恐らく、スイッチを入れたら全部の動きを機械がやってくれる、そんな仕組だったろう。
そんな仕事だった筈だ。だってそのパートのおばさんは酷くくたびれていたもの。
上演時間がやってきておばさんが口上を述べてから機械を動かす。
おばさんは、酷くやつれていた。顔の筋肉が残らずしたむきになっているのだ。
こんな。
毎日毎回同じことを言って、行って、もう、うんざりだ。
これから愉快なお芝居が始まりますよ、と言いながら、顔と声があっていない。だから私は違和感を感じた。
単純作業だ。繰り返せば繰り返すほど人の頭と体を削り取っていく。
削り取られていく神経と、それを面白がって観ている子供たち、私が、面白くないのはこの温度差なんだ。