小説「差出人のその後」 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

死んだ男から手紙が来た。これは何も特別な事ではない。
死んだ男が手紙を出すなんて実に容易いことだ、あなたにだって、出来る。

死んだ男の名前を書いて手紙を投函すればいいだけだ。誰にだって出来る。ただ常識のあるやつなら、しない。

私と、死んだ男との共通の友人で、こういう暇で悪質な嫌がらせをしそうな者が、一人心当たる。
彼奴が出した手紙に違いない。読まずに捨てる。と言う手もあった。しかし私も残念ながら暇だった。私は、姉の夫が趣味で作った悪趣味なペーパーナイフ
(酷い素人仕事だから、刃の部分の厚みが一定でない。しかも持ち手の形に拘りすぎて、手が痛いことこの上ない。)
で手紙の封を切った。

"わたしが今までどれだけのものを失ったとおもう?"

それだけの文面。
私は手紙を破って屑篭に捨てる。そしてくずかごごとベランダから外に蹴っ飛ばした。
暇か。暇だ。哀しいことだ。こんな手紙を読んでしまった。かなしいことだ。

死んだ男なのだから全てを失っていて当たり前だろう、と思い、私は仕事をしようと思って机に積み上げた資料を手にとったのだが。

待てよ。
失った?

死んだ男は全てを失った。しかし全て失われた訳ではない。
奴の肉体は幾ばくかの骨を残して熱消去された。
しかし奴であったものは消滅したわけではない。
私は机の前で考え込んだ。

奴であったものは、熱で分解されて微粒子の姿になって、煙に混じってこの世の全てに散っていったのだ。
あるいは、風に乗り。あるいは、海に落ち。

この世の至るところに散り散りになっているのだ。
そしてあるいは水に混じり、あるいは土にこびりつき、食べ物に付着し、
私のからだの細胞の何処かに紛れ込んでいるかもしれない。
私は自分の手をじっと見た。蹴っ飛ばした手紙の事を思った。

"わたしがどれだけのものを失ったとおもう?"

何も失ってはいないではないか、いやいっそ、

死とは全てを手に入れる事なのかもしれない。

奴であったものに溢れた世界で私も生きている。
私はいつ、同じ姿をたどるのだろう?