小説「一暴れ」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

テーブルは倒れた。
しかし上に乗っていたのは割箸の容れ物だけだったから、それが賑やかしく床に散っただけで、被害、と言う程じゃない。二人ともビールを呑みきって、ちゃんとジョッキをおねえさんに返した後だ。

私は隅の方で呑んでいた。しかしひとびとはそそくさと自分達の酒や食事の器を持ち寄って、私がいる方へ方へ、席を詰めてくる。
「なんなんです、ここは。」
私は肉薄してきた初老の女性の体臭を避けながら、訊いた。その女性は冷蔵庫に置き忘れたアジの干物そっくりな匂いがした。

ほしてあるもんだからくさらん。
と言うのが私の母親の持論で、恐らくこの女性も同じ思想の持主なのだろう。

テーブルをなぎ倒したあと、当事者の二人は取っくみあいを始めた。
避難を完了した他の客たちはまたわいわい言いながら酒の続きを進めている。

「ここはね、ケンカ居酒屋っていわれてるのよ。」
と大分酔っている老人は答える。土地の訛りがあるし、酔いで舌が回らないから聞き取るのが難しい。
それに盛んに罵りあいながらくんずほつれつしている男二人がいるので、なおのこと店の中は騒々しい。

いいぞ、やれやれ、なんて掛け声が飛ぶ。あらゆる事のむこう側で、大将はただ、炭火の番をしている。ちぐはぐな夜だった。
「つまりね。
ここにいるとかならずかちあってけんかするやつらがでてくんの。
わたしらはだから、ただでプロレスみてるもんなの。
大将もそれできゃくがくんのわかってるから、とめやしないの、ねえおにいさん。」
と知らない男性が勝手に僕のコップに日本酒を注ぐ。

「迷惑じゃないんですか。」
私は酒をくれた男性に問いただした。
「迷惑なもんかね。
ああやって一暴れしたら、みんなつるんとなかよくなっちゃう。わたしら、おもしろいもの見えるし、それにあいつらだって、分かってる。店散らかしちゃいけないって。
大将は、自分の店なんだから掃除すんの当たり前。だれもこまりゃしませんや。」
と言って、溢れているのに私のコップにさらに酒を注ぐ。机はびちゃびちゃになった。

床では馬のりになったりなられたりしながら、おっさん二人がなんだかがなりつつ殴りあいを続けている。
何を思ったかお捻りが飛ぶ始末。

そうなんだ、こう言うことなんだ。と思いながら、私はいつの間にか近所の寄合いみたいな酒盛りに巻き込まれていた。
こう言うことがあるから、旅先では必ず居酒屋を探してしまう、と私は酒を呑むのだった。