小説「テントで淹れたコーヒー」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

夜中に一人でコーヒーを作っていると、
雪山キャンプ
を思い出す。正確にはゆきやまきゃんぷごっこを思い出す。

私はとぽとぽと音を立てているコーヒーメイカーを後にして、カーテンを引き窓を覗いた。
雪は、変わることなく降り続いていた。

私は夜中に一人でコーヒーを飲んだ。ゆきやまきゃんぷごっこは子供たちがとても小さなころによくやっていた遊びだ。

「よおし、今日はここでキャンプするぞ。テントを張るんだ。」
と言って、布団のなかに潜り込む。
私が座ると背が高いからポールの役割りになって、子供たちに取っては布団のなかがテントみたいになるのだ。
子供二人はきゃあきゃあいって布団のなかにもぐり込んでくる。
「よーし、まずはコーヒーを入れてあったまろう、」

と私が言って、布団の中で懐中電灯を点けると、なおのこと面白がってわあわあ騒ぐのだった。

「さあ、コーヒーが出来た。みんな今日はよくがんばったな。明日のためにしっかり疲れをとってくれ。」
はい
わかりました隊長

と言って、4歳5歳の子供たちとコーヒーを飲むふりをした。
(その後、深夜にキャンプは雪男に襲われて私たちはとんでもないサバイバルをすることになる。)

しかし、密閉空間のテント内で火など炊いて大丈夫だったんだろうか。

突如として気になった私は、コーヒーを置いてタブレットを起動してみる。
案の定、ガスコンロの一酸化炭素中毒で事故死、などと言う案件もあるようだ。
だから安全を期して、充電式電気コンロなるものもあるらしい。

私はタブレットを切って、コーヒーの続きを手に取った。

子供たちが居なくなって随分になる。いなくなった。
それは私の人生とあの子達の人生が、びりびりと別たれて言ったと言うことである。
もういない。
私の世界のどこにもいない、私の二人の小さな子供。そのことを思う。

子供たちは遠くにいる。
私は、近くて遠い同じ家の中で、口も利かなくなった子供たちを思い、コーヒーを飲んでいる。
豆は自家焙煎の特性を、飲む前に挽いたものだ。私におけるとびきりの贅沢品である。
一人の夜の、取って置きの贅沢である。