小説「眠らない部屋の畳」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

修学旅行の夜に一晩中眠らなかったのは、興奮じゃなくて嬉しかったからだ。

「今日は絶対おきてよーね。」
「寝るのなしだからね。」

なんて言って一時頃までに寝てしまった四人部屋のなかで、私ひとり、うきうきとした気持ちでただ、嬉しくて、目を覚ましたままだった。

ひとりで眠らなくて済むことが嬉しくて仕方なかった。
布団から手を出して敷布の外を触ると、畳に指先がこすった。
い草のかさかさの感触がなおのこと私を嬉しくさせて、
きひひ、
と笑いながら、私はただ嬉しく、その日を一晩中起きていた。

何十年経っても忘れないものだ。

私は赤んぼうのころからひとりで真っ暗な、灯りのない、鍵のかかった部屋に寝かされていた。

母は夜になると私をその部屋に連れていき、どんなに泣いても、無理矢理布団に入れて掛布を押しひいて、そしてどんなに、泣いても朝まで鍵を開けてくれなかったのだった。

何十年経っても忘れないものだ。あの恐怖、暗闇の色、自分のだした涙の匂い、やるせなくて抱きついた、犬のぬいぐるみの感触。

だから私が修学旅行の夜眠らなかったのは、
その恐ろしい記憶をたった一晩でも忘れている事ができたからだ。

私はずっとひとりでうきうき起きていた。今日はひとりじゃない。ひとりで寝なくても済む、と。

当然、もう夜ひとりで眠ることを怖がったりはしない。

しかし赤んぼうのころから母親に厭われていたことは、誰が死んでも生まれても、けして変わらない事実だ。