非常に哀しい出来事が起こったので、
このやるせない、
置き場の無き思いを一体何に委ねようかと一日悩んでおりましたが、
やはり言葉に託すしかないと思って、ここに書いています。
言葉は私の極幼いころからの個人的な友人のような存在でした。
その一番の友人に仮託して、私は自分の身に起きた哀しい出来事から、どうにかこうにか耐えようと思っています。
私の言語への依存度は高い。
どんな時でも書いて記すことで、私は自分を支えてきました。
だから今日もきっと、これを書いているうちに、やがて私は立ち直ってまた書き始めるでしょう。
今日一日はどうしても何も書く気に成れなかったのです。
私は両手に言葉を握りしめ、
そうしたら手のひらからぼたぼた血が流れおちてきて、
どうしてもキイを叩くことが出来ませんでした。
今でもだらだら血は流れ続けています。
でも、たとえ両手が血まみれになっても、滴り続ける血に寄り添いながらでも、
私は書かなくてはならない。
先に進むことを決めた時点で嘆く権利はもう私にはない。
今、
とても哀しい気持ちでいっぱいです。
この言葉を繰り返すしか能がありません。でもどんなにやるせなくても、哀しさに負けそうでも、私は、まだまだもっと書かなくては。
今年は何としても一日も欠かさずに更新すると決めたのです。1月も終わらないうちから反故にするわけにはいきません。
私は先に進まなくてはなりません。
死んだ自分の言葉を踏みにじっても、また体内から生えてくる言葉を摘み取りながら、
明日も私は書き続けて行かなくてはなりません。
何故か?
自分でそう決めたから。