リンが居た。直ぐに見えなくなった。リンではなかったのかも知れない、人込みの中だ、見間違える事くらいあるだろう。
でもリンだった。
僕が見たのはリンだった。確かにリンだった。
その人を見たとき僕の網膜に映っていたのは30歳に成ったリンだった。
15年経っていた。最後に見たときから。
15年後のリンは正しく老けていた。背が少し高くなって、濃い化粧をしていて、黒くて長いコートを羽織っていた。
見た感じ高級そうなものだった。
そして一瞬で消えた。
僕の目の前から、15年ぶりのリンは一瞬で消え去ったのだった。15年の間にリンの身にはどんなことが起きたのろう。
リンはもう僕の事なんて覚えても居ないだろう、僕の人生をめちゃくちゃにしたリンは。
否、リンが悪いわけじゃない。僕はリンが思い描いていた妄想に付き合いきれなくなって自分から逃げ出しただけなのだ。
リンはクラスの中で完全に浮いていた。そして何故か僕に絡んできた。美しい中学生だった。それこそ、雑草が群れている中に大きな百合が一本厚顔として立っている様に。だからリンは憎まれていた、自分から浮いていたというよりも、クラス全体からはじき出されている形だった。
何かの腹いせだったのだろう。リンはある時から僕に絡んでくるようになった。何かにつけて僕にまとわりつくようになったのだ。
何故僕だったのかは分からない、おそらく、僕程度の人間が一番リンにとっても相手にしやすかったのだろう。
リンが百合だったら、僕は雑草ですらない。
移動教室や合同体育の時にやたらと僕と組みたがった。席替えの時にわざと僕の隣に座ろうともめごとを起こしていた。
リンは常に僕の傍に居た。至極当然の結果として、僕もクラスの中からはじき出されたのだった。生贄が欲しかったのかもしれない、いや、そんな女では無かったな。
僕はそれ以来学校に通うのが嫌になって引きこもるようになり、高校に行きそびれた。昼夜逆転の生活をしていて体を壊して、2年ほど遠くの施設に入院していた。
17歳の時の2年間と言うのはあまりにも長かった。僕がどうにか退院して家に戻ったとき、世界は僕が知っていたものと何もかも変わっていた。僕は完全に生きる力を失っていた。どうすればいいのか。これからどうやって自分を立て直したらいいのか。何も分からないまま、僕は20歳を迎えようとしていた。
今30になってもまだ僕は完全には立ち直っていない。
15年前の出来事だ。僕は常にリンのことを考えていた。どうして最後まで一緒に居てやらなかったんだろう。
僕はリンが思った通りの人間だった。扱いやすい、程度の低い人間だったのである。僕はリンを置いて逃げた。リンは単に誰かに傍に居てほしいだけだった。クラス全体から憎まれていたのだから。リンも苦しかったのだ。
だから僕を道ずれにしたかったのだろう。誰でも良かったにしても、リンは僕を選んだというのに。
僕はリンを置いて逃げた。そして、生きる事その物からもドロップアウトしてしまったのだった。
15年前の出来事だ。
そして今リンが目の前に居た。もう居ない。リンではなかったのかもしれない。でもリンだった。そして消えてしまった。
そして消えてしまった僕の15年も目の前にあった。僕はずっとリンのことを忘れていなかった。リンに復讐してリンに復讐された僕の15年。その間僕はリンのことをずっと忘れてなんかいなかったのだ。
何故今になって僕の目の前に顕れたりなんかしたんだろう。白昼夢になって顕れるくらいなら、いっそ昔のままの姿で居てほしかった。
15年経ったリンは確かに15年という時間を生きていて、それはもう僕のリンではなくなっていた。
一瞬の夢を見て、そして見失った人込みの中で、僕は行く人の鞄にさんざぶつかられながら、立ち尽くして何も出来なかった。