「それ、どうするつもり。」
と言われたので俺は
「どうもしねえよ。」
と答えた。しかしそいつは言うのだ。
「どうもしないんならなんで捕まえた?」
どうしてこんな山んなかにこんな奴が居るんだ?
俺は不愉快だった。ここは俺だけが目星をつけていたカブトムシのアナ場だからだ。
朝の6時前だ。
俺は椚の林にカブトムシを見に来たんだ。今日は滅多に見れないような大物を見つけた。
嬉しくて手に取っていたら、そいつが現れたのだ。
「なんだよお前。」
「話反らさないで。捕まえるの?殺しちゃうの?」
やたらと髪の長い女だった。俺とそんなにかわんねえな、歳は。
白いTシャツに紺のスカートを履いていて、何でなんだか裸足だった。
「殺さねえよ。」
俺はムカついたので答えた。
「俺は見るのが好きなだけで飼うのは嫌いなんだよ。だから捕まえたりしねえよ。てかお前誰だよ。」
「本当か? 本当に殺したりしないか?」
とその女は俺の言葉を無視する。
「うるせえな。殺したらどうだって言うんだ。」
「祟るぞ。」
女の髪の毛が急に広がって、蜘蛛が巣を掛けるみたいに辺りの木に絡み付いた。
俺は?
当然カブトムシ投げ出して逃げたんだよ。
「お前、そりゃ青姫さんに会ったな。」
麦わらぼうしも網をどっかに落として、散々転んでよれよれになって家に戻った俺に祖父さんが言った。
祖母さんはたらいに湯を汲んできて俺の切傷を拭いてくれる。
「何、それ?」
「ボウズ。危なかったな。下手打つとタタリをもらうぞ。」
青姫。
信じられないくらい前から俺んちの近所に化けて出る神さまなんだそうだ。
祖父さんにいわく。
山守神の三人の娘のうち、他の姉妹の白姫は川を、黒姫は樹木を守る仕事をしていたんだが、
青姫は根が怠け者で、父親神から言われたように獣を守ると言うことをしなかったのだった。
怒った山守神に神体を巖座の下に封じられた。
そして、人と獣の仲立ちをきちんと果たしたら巖の下から出してやろう、と呪われたのだそうだ。
「だけんわしらあの先祖は鹿も猪もよけいはとらん。むやみをすると青姫に祟られるけえな。
しかしまあ、ボウズ、青姫さんにおうたか。」
「だったらどうなの。」
俺は祖母さんが着替えを持ってくるまで上半身はだかで祖父さんの部屋に居た。
「まんだ祟って出んさるっちゅこったいや。」
「それがどうしたの?」
俺は解らないので祖父さんに聞いた。
「気の毒な神さんちこっちゃ。人と獣の仲立ちは難しいぞや。
何千年掛かってもまんだ閉じを解かれん。だから怨みも深い。
人と獣の仲立ちは難しいこってや。
ボウズ、よお祟られんで、有り難いと思え。」
と祖父さんは言った。
青姫は未だに大岩の下で呻いているのだそうだ。
俺のあの時のカブトムシ、もし家に持って帰っていたら、青姫はどう思ったかな。
俺はあの女に、また会ってみたいと思う。