小説「手のひら認証」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「手のひら認証!」

朝教室に相手が居るのがうれしくて、朝教室に相手が現れたのがうれしくて、冬は手袋を取るのももどかしく、私と彼女は毎朝ハイタッチをしていた。

手のひら認証!

はい、ミズボ認証しましたー。サヤノ認証しましたー。

毎日会っていても次の日また相手に会えるのがうれしくて仕方がなかった。冬の朝は手袋を取ったままの相手の両手を握りしめて、

さむいねー。寒いね。

私今日数A当たるの!私リーダーが当たるの。

いやだねー。嫌だねー。

 

と笑い合っているのが嬉しくてしがなかった。私たちはテレビやアイドルの話はあんましなかったと思う。

相手は芸能人に興味を持つ方じゃなかったし、私はファッションは何着たってかまわないと思う方だった。

 

一体何を話していただろう。

私たちはとにかく相手と話をしているのが楽しくて仕方がなかった。毎日学校に来て相手が居ることを確認できるのが嬉しくうれしくて仕方がなかった。

 

手のひら認証! と言ってはハイタッチしてお互いのテンションを確かめ合った。相手が自分と同じテンションであることが、嬉しくて仕方がなかったのだ、あの朝。

 

その彼女とは違う県の大学に進学して、あっという間に連絡を取らなくなってそれっきりだ。私は同窓会には出ないことにしているから

(高校時代には、思い出したくない出来事がたくさん保存されている)

もう彼女と会うことは、偶然が私たちをひきつけでもしない限り、起こらないだろう。そして奇跡が起きないことを私は、悲しんだりしないだろう。

 

あの時叩きつけ合った手のひらにはもう二度と出会えない。私は相手が自分の日常から消えて失せてしまったことをあっさり受け入れた。

私は二十歳だった。

目の前には美しい朝日と胸に来る夕焼けと、にぎやかな夜があった。私はそれに魅せられた。過去の友人をわざわざ引っ張り出してくる必要は、

どう考えてもなかった。どこにもなかった。

 

私は相手に連絡を取らなくなった。相手も私に連絡を取ってこなくなった。お互いそれで日々が満ち足りていると思っていた、思っていたと思う。私はそう思う。

二十歳だった。世界は光に満ちていて悩み事は自力で解決するのがマナーだと思っていた。そうできる自分がちゃんと目の前に居てくれると思っていた。

 

手のひらをじっと見る。

 

私は今自分の手のひらをじっと見る。

 

あの時叩きつけ合って確かめていた毛細血管の並び順も、もうすっかり入れ替わっているだろう。

私の手のひらはもう認証不可能なほど変化してしまっているだろう。

私はあの時の手のひらの持ち主に出会っても、もう認知出来ないだろう。私は手のひらを風に飾る。洗濯物越しの風は洗剤の臭いをあたりに撒く。

 

そういえばそんなこもいたなあ。

 

と思いながら私は夫の服をハンガーに懸けた。そんなこもいたなあ。

私はもうあの相手を思い出さない。こんな風に、何の気なしに自分の手のひらを見るときくらいしか思い出さない。相手はきっと、もっと私のことなんか忘れているだろう。

 

認証は、不可能。

あの時彼女と私はお互いに現実だった。現実は一秒で過去になる。あの時の現実が今の現実の中で過去であるのだから、

 

相手は私の過去でしかなく、私は相手の過去になってしまった。

それで終わった関係。高校時代の思い出。