暗がりでも明かりが無くても慣れれば何かは見えるというのは浅ましいことのように感じながら、浮かんでこない彼女を僕は待っている。
遠い、国道を走っていく車のライトが時たまあたりを照らして、そのたびに僕は
ああ、今自分は真っ暗闇の中に居る、
ということを思い出すのだ。そういうことはとても浅ましいと思う。暗いなら暗いで構わない。何も見えない方がいい。
でも僕の視力はくらがりに慣れてしまう。何かの姿は見えるようになってしまう。それに、彼女が浮かんでくるところを見逃しても、いけない。
卒業した小学校のプールに、彼女は潜っている。深夜である。
ここに入ってくるとき稚拙な金網の開き戸を彼女が蹴っ飛ばしたらそれは僕たちの前に簡単に道を開けたのだった。
「鍵壊していいのかよ。」
というと、
「この程度で壊れるようならそもそも鍵じゃないのよ。」
と彼女は言った。それももっともだと僕は思った。
夜のくらがりをたっぷり吸いこんでねっとりと固くなったような水面がゆうらりして、
ようやくで彼女の白い顔が浮き上がってきた。同時にはーあっ、と深い息をついたのだった。
「溺れるぞ。」
と僕は言う。
「こんな浅い、流れの無いプールで是非溺れてみたわ。」
と彼女が言う。彼女は水の中に立ち上がり、上体を露わにしながらざぶざぶと僕の待っているプールサイドに歩き寄ってくる。全裸だ。
「いい見ものだな。」
と僕は育ちきらないからだを誰か他人のモノみたい適当に扱いながら両手の勢いだけでプールサイドに上がってくる彼女に声を掛けた。
「金、とるよ。」
「そんなたいそうなもんじゃないだろう。」
不遜な彼女に僕は現実というものを知らせてやった。
「感じ悪。」
というと、髪の毛もからだもまったく拭きもせずに、彼女は脱ぎ捨てたワンピースをそのまま被って着た。彼女が身に着けていたのは、それだけだった。
「帰ろうよ。」
という。僕たちは彼女が壊した開き戸からもう一度外に出る。扉が壊れていることは後々の問題になるだろうか。
「何がしたかったんだ。」
街灯もろくにない田舎道を歩きながら僕は彼女に言った。
「別に。水の中で耳をふさいでるのが好きなのよ。自分の心音だけ聞こえて、快適なの。」
と彼女は答えた。
「だからってなんでこんな時間にこんなところまで来なくちゃいけないんだ。」
僕は当然すぎることを彼女に問う。
「これだけ広い水の中で耳をふさいでいたら、
母親のおなかの中で死んだような気分になれるのよ。」
と彼女は答えた。
「つまり君は生まれてくる前に死んでいた方がよかったと。」
「うん。そんなふうに思う事って、普通でしょ。」
「まあそうだな。」
びしょぬれの彼女は、夜道を一人で歩かせたら間違いなくゆうれいに見えたことだろう。僕がいて、好かった。
今回インスピレーションをいただいたのはこちらのブログ様です↓