小説「さるとハサミ」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

子供の頃外国に住んでいた年の離れた従兄弟が、日本に帰ってくるお土産に毛の長い、青いさるの縫いぐるみをくれた。

オランウータン?
どうして毛が青いんだろう?顔はそれに反してカンカンみたいなまっ黄色で、恐らくヨーロッパ的というんだろう。
そのどきどぎしい色のコントラストは気に入らなかったんだけど、せっかくの贈り物なので、有り難く受け取った。

次の日に、青いオランウータンは妹のハサミによって長い毛をすっかり刈り取られてゴリラになっていた。

ゴリラ。青いゴリラ。
家の廊下には実におびただしい青い毛が振り撒かれていて、朝からお母さんは青いというより緑色した顔で、散らばった毛を片付けていたのだった。

妹にはそういう、てくせの悪い所があった。その為に一緒に住んでいた祖父母にとても可愛がられていた。

かわいいなあ、かわいあなあ。
といつも膝に乗せられて、お菓子もらっていた。
私は
「あんた、お姉ちゃんだけがまんしんさい。」
と言われただけ。オランウータンのことの関しても、
「かわいいなあ、かわいいなあ」
で片付いてしまった。
すっかり毛がなくなってゴリラになったさるの縫いぐるみ。

私の妹は時々ハサミを手にしては、何でもかんでも切り刻まないと気がすまなくなる。
私はノートや教科書や計算ドリルを何度もメチャクチャに、された。
その度にお母さんは茶色い顔をして学校に事情を話に行き
(この人は年を取るに連れてどんどん茶色くなっていった。)

私は先生に
「もっとちゃんと管理しなさい、」
と叱られ、そして妹は祖父母に
「かわいいなあ、かわいいなあ。」
と膝に抱かれるのだった。

そんな妹なんだけど、ある頃から急に姿を見かけなくなった、
あまり仲のいいきょうだいじゃなかったし、てくせの悪い妹は癇癪も悪くていつも同じ時間に一緒に食事をする訳でも無かった。

だから妹が居なくなったことに最初なかなか気付かなかったんだけど、
何故気付くのに遅れたかと言うと、誰も妹の話をしなくなったからなのだ。

誰も妹の話をしなくなった。
祖父母は受粉に失敗したエンドウ豆みたいに枯れそぼって口も聞かなくなり、
居間にではなく彼らの部屋に食事を運ばなくてはならなくなった。
父も、母も、妹が居なくなったことについて何もないかの様に振る舞うのだった。

私は、仲のいいきょうだいでは無かったし何度となく嫌な思いもさせられたので、妹が居なくなった事に関しては、
問題無かった。

妹はなんの問題もなく私の日常から、消えた。
オランウータン、ゴリラの遺された毛は時間の経過と共に空色になっていった。

大学を出て地元のスーパーのレジ打ちに就職が決まったとき、
父が十数年ぶりに妹の話をしてくれた。

あの時妹は情緒障害児の(当時はそういういい方をした、)矯正施設に入ったのだと言う。もちろん、
私の妹はそういう措置が必要だったのだ、みんなずっと目を反らした来たのだ。

そして
矯正される事は無かった。
彼女は今もその施設に暮らしているのだと言う。
誰も、一度も会いに行かないのだと言う。

おいおい知ったのだが、私の地方では年よりが
かわいい
と言うのは、
「かわいそうだなあ。」

と言う意味合いなのである。