この二日私はどこの誰とも知らない人からのコメントを待っていた。
その何処かの誰かから来たコメントを読んで、自分のなかで非常に
サメル
物を感じたので、なんとしてももう一度コンタクトを取りたかったのである。
サメル
とは冷めるでもあるし、醒める、でもあった、そしてなりより間違いなく、
怒り
だった。人が容易く人を誹謗することに対する怒り。自分がしたことに対してもされたことに対しても感じた
怒り。
それによって私の中の何かがサメテしまった。だからそのどっかの誰かからのレスポンスを待っていたのである。
人は容易く人を侮蔑する、しかし多くの人はそれを表に顕さない。隠しておきたい感情だからだ。
人を批難する感情を人は隠したがる物だ、
しかし書き手はそれを敢えて日の元に曝すものだ。
隠したい感情こそ、こそげだして私は描写しなくてはならない。
人が目を背けたくなる事を描くのも書き手の役目の一つだ。
少なくとも私はそう感じたのです。
私は昨日迄の二日間サメタ怒りの中に居ました。
そしてあの何処かの誰かが来るのを今でも待っています。
私はお前を赦さない
↑これはその誰かに言っている言葉ではありまさん。
誰に対しても、投げ掛けていない言葉です。強いて言えば、自分に投げ掛けています。そして、今自分の中に宿ったらとても大切なテーマです。
おそらくこれから書くお話の中で芽吹いていく事でしょう。