どうしようもない言葉の軽さ | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

北海道、東北で被害に遭われた方には

心からお見舞い申し上げます。

 

なんて私が書いても田んぼから水が引くわけじゃない。

だめになった畑から新しい芽が吹くわけじゃない。

 

こういうとき言葉というのはなんて軽いものなんだろうかと私はほとんど愕然とします。

 

吉本隆明先生は

「物書きなんて、それで腹いっぱいになるわけじゃないし。」

というような意味の言葉を残しておられます。

 

たとえば単行本が一冊2000円で売られている。

2000円と言えばショッピングモールのレストラン街でとんかつ定食でも食べれば無くなる金額です。

 

消費者はとんかつ定食は食べるけど、2000円で私が本を出しても、

買わない。

これが言葉全体が持っている大きな壁なのだと私は思うのです。

 

分かり辛い。

 

とんかつ定食を食べたら腹が膨れる。

これは分かりやすい事象です。

 

しかし本を一冊読んだら、読んだらいったい何が起こるでしょう? 何が起こったとその人の中で言えるでしょうか。

これはとても分かり辛いことです。

 

それでいて軽い。

 

お見舞いを申し上げます

と一言言っても軽い。

 

お見舞金を差し上げます、とこれは分かりやすく重い。

 

要するに私の言葉には意味がないのです。そして私は意味のある言葉を描きたいのです。

だからこうして毎日言葉と向き合っています。

 

ちら見しに来てくださる方、

しあわせです。

 

同じようなことを何度も書いていますが、大切なことなので何回も書きます。

 

いつか私の言葉が事象をつなぎとめる錨のように重く明白になりますように。

 

それを目指して、私は今日も書いています。