しあわせをえらびなさい。
という声が聞こえる。そんなものは選べない。
知っている方法でえらびなさい。
という声が聞こえる。確かに私はその方法を知っている。過去を捨てるつもりがないと言われた先生の言葉は正直痛かった、過去は捨てられない。私が過去を捨てようとするときそこにはいくつもの面倒で悲しい出来事が待っている。
過去に戻りなさい。
という声が聞こえる。ああ、うるさい、当たり前じゃないか、全部私が言っているのだ。全部分かっている私が私に対して言っていることなのだ、うるさいったらありゃしない。
私は、先生のところのアシスタントとネットスーパーの荷造りのバイトを粛粛と続けていた。
そんなことはもう辞めて過去に戻りなさい。
という声が聞こえる。私は大根とかヨーグルトを傷ついたりしないように工夫してダンボールに詰めていく。バイトを始める前に研修を受けたんだけど、配送あとのクレームはけっこう多いのだ。
箱詰めのバイトの責任はなかなかに重いのである。
私は自分ひとりの部屋で生きていくために、二つの不定期なバイトを続けている。続ける以上にもうどうしようもなかった。
私は前に進むつもりは初めから無かった。あの人の中に私の居場所を得られる希望は一切無かった。それでも私は夫と離れてこの部屋にひとりでやって来た。
前には進めない。進めないことが最初から分かっていて私はひとりきりになることを選んだ。選びたかったのだ。
ほんの少しの間でいい、私は、本当にひとりになりたかった。無理だったけど。
仕方ない、仕方ない。私は檻に入っているのだから。榮妃と同じ要領なのだ、私が檻に入ることは生まれた時から決まっていたことなのかも知れない。わかっていた、わかっていた。私はほんの少しだけ、ほんの少しの間だけでも自分の命の道筋みたいなものを忘れていたかっただけなのかもしれない。
直井くんがい居ない以上私はもうあの人に会う手段を失った。直井くんが居ない以上私があの人に会う理由が無い。理由がなければ、会うことはできない、理由もなく会おうとするほど、
私とあの人は、なんでもなかった。
どんな関係でも無かった。どう思われているわけでも無かった。
過去を取り戻しなさいという声が聞こえる。
もう潮時なのかもしれない。私はもう限界なのかもしれない。私は結局どこにも行けたわけでは無かった、ずっと同じ場所に立ち往生していただけだった。
もう、私は限界なのかもしれない。私は過去に戻るしかないのかもしれない。嫌ですか? 過去へと戻っていくことは。
あの人にまた会えるという希望を持っていることが私を今まで支えていたことを、その可能性を失った今私は血管がジンジンするほど感じている。
もうあの人に会うことはないだろう。私は私の過去へと戻っていく。