長編お話「雨の国、王妃の不倫」の26 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

私は冷宮の中にいた。
窓のない、扉も板戸の光の入る余地のない、冷宮の中にいた。
板でできた小さな寝台と、薄い肌掛けが一枚あるきりで、夏になると暑苦しく、冬になると寒い、冷宮の中にいた。

光は射した。
板壁の古くなったすき間や節穴から。それも天気のよい昼間ならば。
雨が降っていれば射してくる光は一切無かった、夜ならばなおのことだった。

私は冷宮の中にいて自分の手が何処にあるのかも解らないときがあった。解らなければ触ってみれば良かった。
しかしその手に触れるものは一体何なのか。その触れている手は一体誰の物なのか。私は徐々に解らなくなっていく。

私は暗がりに親しんで自分の体に影が凍んで行くのをやがて面白がるように成っていた。
光を拒む冷宮の中で、板戸も壁も床も寝台も、巨大な影の肉体になって私その物だった。私は、ただ影になった。

夏になると暑く冬が来ると凍える、ああ私はこうしてここで死んでいくのだな。
そう思ったら不思議とそれが当たり前だと思えた。私に罪が有るとするならそれは生まれたときに既に決まっていたことなのだろう。
檻に入ったことが既に私の罪なのだろう。これは仕方のないことだ。私はそれを泣いたりしない。

ああ私はこうして影に親しんで、やがて私の身体そのものが影になって解けて消えていって、そして私はようやく檻から出るのだろう。檻から出たら、私がわたしであった全てのことが、みんな四散してしまうのだろう。それでいい。それならいい。

私は冷宮の中で堅い寝台に身を縮めて、眠っても覚めてもいない。
どちらにしても同じことでしかないから。



溶けた鉄で濯ぐような雨音を聞きながら、直井くんの消えた部屋で、私はこんな夢を見た。