久しぶりに兄と会って、焼肉屋に入った。
このところ忙しかった仕事が一段落したそうで、じゃあご馳走してあげようと私が言ったのだ。
お互い40を過ぎて結婚しなかったから、このまま我が家は御家断絶である、先に死んだ父は家だの血だの言う人ではなかったので別にとやかく言われやしないだろう、私たちが、向こうに行ったときに。
兄は若年性認知症でグループホームに入った母親のことを話題にした。
「のんびり生きた人だったから、きっとなんびり死んでいくよ。」
「え、お母さんもうそんなに悪いの?」
私はグレープフルーツサワーをがぶ飲みしながらハラミの焼き加減を確かめた、もう少し焼こう、いや、頃合いかな。
「いや、体はなんてことねえんだけど、もう心の方が駄目だな。」
「心の方?」
「頭って言うより分かりやすいだろ。
無くなってんだよ、いろいろと。」
「いろいろってなによ。」
「感情に決まってんだろ。」
決まってるって言われたって。兄と会話していると大体こんな話し方になってしまう。
「もう怒ったりもしないらしいぜ。置物みたいだった。」
と、兄はこの間母親に会ってきたのだそうだ。
「あの人が怒らないなんて想像も付かないなあ。」
私は丁度よく焼けたハラミを美味しくいただいてから答えた。
「あの人は親じゃなくて、教職員なんだよ。」
と、兄も勢いよくビールを流し込みながらタン塩食べている。
「ああ、そうね。言えてるわ。」
「全部指導のつもりだったって言うからな。ひびるわな。」
「自覚のないところが凄い。」
実際、指導なんていってるけど母親の癇癪は酷かった。本人はしつけのつもりでいるから、私たちはあの人を
教員
だと思っているのである、その実癇癪の激しい人だった。
「お母さん死んだら泣くかな、私たち。」
「だいじょうぶだろ、のんびりしてるし。」
「誰が、何が?」
「だから、お母さん。のんびりのんびり弱って行ってるんだって。
抗がん剤治療してる訳じゃないんだ。
ちょっとずつ筋力が弱くなって、そのうち心臓が止まるんだ。今時幸せな一生だよ。」
「そうねえ、思うがままに生きた人だったからねえ。」
やりたい放題やって病んだひとなのだ。
本人も悔いは無いだろう。
「お母さんは教師だったけど、
じゃあお父さんはどんな感じだったかな。」
ずいぶん前に死んでしまったから、正直貴方の思い出は多分に美化されているのだ。
兄は言った。
「あの人は親じゃなくて、人だったよ。」
「え。」
「あの人はな。親でも教師でもなく、ただ、人だったよ。人として接してくれたよ、俺たちに。」
「そう。そうね。」
居ない人のことはこんなに哀しい、いる人のことは、あんまりにも日常だ。