小説「耳の穴の形」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

あなたの言葉でしゃべってください、
と言った彼の言葉に腹が立って、私はここに居るのが一気に嫌になった。
入室代で払った300円がしゃくだからこの、さっき買ったコーヒーだけは飲んで帰ろうと思った、スクリューキャップのついた、大きなボトルの冷えたブラックコーヒーを。

彼、マルサンが運営するフリースペースは、私のように行き場所もやることもない引きこもやニートをやってる人たちのたまり場、なのだそうだ。

そんな風な場所になれば良いなと思ってマルサンがビルの空き部屋を借りて始めたんだそうだ。

私には行き場所もやることもない。古い新聞の記事(三ヶ月前だ)でマルサンのことを知った私は、

こんな所だったら私でも根を生やすことが出きるかもしれない、

そう考えたので出掛けてみたのだった。
入室代300円を払って、私はマルサンにあいさつをした。マルサンは痩せた髭の長い中年の男性だった。

マルサンのスペースには本がところ狭しと置かれていて、それが地図帳であったり経典であったりファッション誌であったり新書版だったり話題になったあの一冊だったり、

あまりにも脈絡がないので。

私は、
こんなにいろんな本があるのに、本を読む人が少なくなっているのはどうしてでしょえね。なんでみんな本を読まないんでしょう、と言った。

するとマルサンは言ったのだ、
「みんなって誰ですか。みんなの話なんてしないでください。
あなたの話をしてください。」

私は切れそうになった。
今の、みんなについての、言葉が、私の話したいことなのだ、
まごうことなき私の話だったのだ。

マルサンはそれを真っ向から否定してきた、だから私は切れそうになったのだ。私はコーヒーの、汗だくになった缶を携えて、怒りが逆流してくるようなその中身をお腹に納める、あれは私の言葉だったのだ。

マルサンの耳にはきっと鍵穴みたいなものが有るんだろう。
変わった形の耳をしていて、そこにそぐう文言しか中に通さない仕組になっているんだろう、私はものすごく居心地が悪くなった。

この本に湧かれるフリースペースはマルサンの選民思想のユートピアに成っていくのだろう。私はそんな場所はまっぴらだ。

コーヒー飲んだら出ていこう。
ここも私の場所じゃない、私はやっぱり、何処にも根を下ろすことが出来ないのだ。