離れることを決めたときは爽快だった。大体私はあの場所がちっとも好きではなかった。産み落とされた場所だけど、だからと言って好きにならなくてはいけない理由にはならないと思う。
「お義母さんが腎臓を売ったら良いじゃないですか。」
これから生きていく子供達のために使うお金を、どうして死んだ人のために無駄にするんです。お義母さんが血でも腎臓でも売ったらいいじゃないですか。
と、これは叔父が亡くなって、叔父はひどい貧乏だったから葬式を出すお金がなくて、ともかく親戚がボロいアパートにぎゅうぎゅうに集まって、
そんな、十万も二十万も、よお出さんぞ、と言って居たときに、従兄の奥さんが言ったこと。誰もがぎょっとした。
ぎょっとした後で、
よく言った!
とも思った。みんな分別のある大人だから何にも言わなかったけど。
まあお嫁さんの言動も非常識なんだけど、非常識な言動をモノトモセズニ当てられるくらい、叔母も大概な他人だった、感性も品性も最低な人だった、お嫁さんよく我慢してた、そしてみんな、貧乏だった、と言う思い出の夜、私はもうあのコミュニティには戻らない。
離れてしまう事。
それを決めてからは簡単だった。私は大学時代の先生をたよってアパートの保証人になってもらって、懐かしい街で新しい生活を始めた。
新しい生活は快適で刺激に満ちていてものすごく忙しくてあっという間に十年が過ぎた。
私はこの十年一度も故郷に帰っていない。帰らないと決めたからだ。もうあのコミュニティには帰らない。私はそう決めてこの街に出てきて、そして自分の人生を生きている。
あの村では誰か他の人間の生を生きるしかない。
自分ではない誰かの言葉を語り、自分ではない誰かの為に食事をしなくてはならない。
だからこそあのお嫁さんだってはじめて、
自分の言葉で語ったのだ、腎臓売って金作れよ、と。
そんな場所で死んだりなんかしたくない。私は別に、産み落とされたかと言ってその場所を好きになれるなんて、
未だに想像もつかないのだから。