“分際を考えろ”
という言葉がふと頭に浮かびました。
これは大司馬遼太郎の名著「燃えよ剣」のでだしの辺りで主人公の土方歳三が言うセリフなんですが、
何分読んだのがもう数十年も前の事なので記憶が定かではありません。
違うよ!!!!
という、知識をお持ちの方いっぱいいらっしゃると思いますのでよければ正しい文意を教えていください。
ただ私が人生のある瞬間に
分際を考えろ
というセリフと出会ったことだけは確かです、そして今それをまざまざと思い返しているということです、大切なのは。
分際。
国語として使うとあまり良い意味の用例が無いような気がします。あまりよい意味で使われない。
しかしこの、「分際を考えろ」という言葉は、
自分自身のことを知れ、
という風にいまの自分には写っています。
自分自身のことをもっと考えろ。
分際とは身のあり方です。私の書き手としてのあり方です。
つまり私が書き手としてどの程度の位置にいるのかということをもっと考えろ。
誰かがそんなように私に急かすのです。誰でしょうか。分かりません。
でも私は自分の分際について考えないわけにはいけないのです。
この程度の才能で、この程度の才能しかない分際で文学賞に勝つつもりでいる、文学賞をたたかうつもりでいる、
文学賞で勝つということには責任が伴うのだ、それが出版されて金に変わらなくてはならないという、責任が伴うのだ。
そんなことを考えずに、その程度の覚悟で賞に向かっていいはずがない。
前にも書きましたが金のために書くわけではありません。しかし本になる以上買っていただく方の存在が必要なのです。
私は自分の書いたものが金に変わるということをもっと意識して書かなくてはならない、
だからこそ自分の分際をもっと考えなくては。
自分とはなんなのか、
自分の文章とはなんなのか。
そんなことも考えずにもう何も書いてはいけないのです。何故なら悔しいから。自分に才能が無いことが悔しくて仕方がないから。
だからこそ私は自分の分際でもっと文章を書きたいです。何故ならもっとよりよいものを作りたいから。