文章だけは習えない | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

夫には否定されたんですが私は

文章だけは人から習うことが出来ない

と思っています。お話書き仲間の方には小説講座に通って日々自らを研いていらっしゃる方もあります。
その方はその方で自分の中にスタイルを持っていらっしゃるから良いのです。

あくまで森本泉の私見です。
文章だけは人から習うことが出来ない。

私は
ひらがなの書ける人なら悉く小説が書けると思っています。

否、
仮に字が書けなくても精神を持っている人なら悉く小説を作ることが出来ると考えています。

小説とは精神を顕すものだから。

面白いか面白くないか、上手いか下手かは別にして。
書くと言うことは誰にでも出来る。
(出来ない、と思っている方は面白いものを書かなくてはいけないと思っているからです。)

そのくらい普遍的な技法だと思うのです。小説書きというものが。

だからこそ人から小説を習うと、それはあなたの小説ではなくその人の小説になってしまう。

だから私はなんとしても自分の小説を自分の力だけで完遂しなくてはならないと思っています。

そうなると独善的に走るでしょう。独善的に走った結果人の評価が見えなくなるでしょう。

だから私は自分のセンスを逃さない義務を負っているのです。

センスとは
文章を読むセンス、
読む本を選ぶセンス、
読んだ文章を解釈するセンス、
それの良し悪しを別けるセンス、
その上で良いものを自分の物にするセンス。

これを皆持っている人が、勝つのでしょうね。

(とは言っても芥川龍之介は夏目漱石に師事していましたし、井伏鱒二は太宰治の師匠でしたが。
しかしああいう人達の人間関係は多分に時代の制約を受けていると私は更に考えます。)

私は上に上げた5つのセンスのうち全てにおいて指の第二関節くらいまでしかない。

だからまだまだ勝てない。
何に勝つのか。

これは何度も書きますが、
他ならぬ自分です。