小説「深呼吸」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

その人と会話をするようになってから、私は息をするのが楽になった。

「それは特別な人だからでしょう。」
友人に話したらそう言われた。私もきっとそうだと思う。

私は
絶対に気管支喘息!
と思うくらい、時折喉が細くなったかの如く息を深く吸えなくなって七転八倒するのだが、
どういう訳かどんな医者も
「気のせいですよ。」
と嗤うだけでまともに治療してくれない。ネットで検索してみたら、同じような症状で同じような扱いを受けている人は、結構いるみたい。
まともに診ない医者というのは世の中に多いのだ。

だから私は息が細くなると成す術がない。
自力でも他力でも治す方法がないのだから、息を据えなくなるとただ状況が打開されるまで布団にくるまってじっとしているだけである。

今までは。

「戦争で障害を負った人を支援するNPOに勤めています。」
とその人は行った。東南アジアの幾つかの国にある事務所を転々としながら暮らしていて、たまたま日本に戻ってきていると話した。

私は今までそんな風に自分のことを明確に語る人に出会ったことがない。

そう、
その人は自分の事を、何をしているかとか何の目的で生きているか、何を望んで生きているかを、明確な言葉で話してくれた。

私がいつも聞いていたのは曖昧な言葉だった。濁った言葉だった。単色を失った言葉だった。
そんな言葉は発せられた瞬間からもう疲弊していじけていて、自分が何のために空に放たれたのか、一才気になんかしなかった。
それは濁った言葉だった。

その人の言葉は清んでいた。
そして私は、その人と会話するようになってから息を深く吸えるようになった。

きっと特別な人だからだろうと私は思う。