長編お話「東尾言語」の18 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

いつも居るわけでは無いだろうが、私が行くと東尾先輩は必ず居た。
弓道場の近くの、第一だか第二だか体育館の角に。
愛読書を読みながら。
「東尾先輩、ハムレタスサンドときゅうり玉子サンドとツナサンドとイチゴジャムサンドとピーナツバターサンド、それからじゃがいものサラダ、どれがいいですか。」
私はお昼御飯を入れた手提げを振りながら訊く。
「イチゴジャムサンド。」
東尾先輩は速答した。
私はサンドイッチを作るのが好きだ。
子供のころ絵本で読んだピクニックの話にいまでも憧れているからかもしれない。

今日はとってもいい天気。
玉子にチーズにレタスにハムにきゅうりにトマトでサンドイッチ作ろ、
それからピクニックに出発だ。

と言ってうさぎの家族がピクニックに出掛けるお話。
「後藤ちゃんのサンドイッチは旨いよなあ。この、イチゴジャムの下にマーガリン塗ってあるところなんか。」
東尾先輩は甘いものが好きなようである。
「イチゴジャムサンドとピーナツのサンドってアメリカのお弁当の定番中の定番らしいですよ。」
「日本のお弁当に卵焼きが欠かせない感じかな。」
私と東尾先輩は二人でお昼を食べていた。私はお気にいりの、茹でたじゃがいもとキャベツとゆで玉子とツナをドレッシングで和えたサラダをタッパーごとフォーク(コンビニでもらうのをストックしとくのだ)で食べている。
「東尾先輩っていつもここに居ますよね。」
うん。
「きゅうり玉子サンドも旨い!」
「きゅうりの水気を嫌というほど搾るのがポイントです。」
東尾先輩は、盛んにもぐもぐもぐもぐ食べてからパックのコーヒーを飲んで、話す。
「弓道場の近くはいい場所だから。」
「良い場所?」
「弓の音がするから悪いものが近づかない。」
「そうなんですか?」
「そう。鳴弦って知らない?昔から弓を弾く音で魔除けをしたんだよ。」
「弓道歴長いですけど初めて聞きました。」
「後藤ちゃん弓やってたんだ。」
私は答えずにじゃがいもをむはむは食べた。
東尾先輩は私が機嫌をわるくしたんだと受け取ったようで、瞬間どうしたらいいか分からない、戸惑った空気を共有する。
「弓を誉める歌もあるよ。
やすみしし
我が大君の
あしたには 取り撫でたまい
夕べには い依り立たしし
御とらしの
梓の弓の 金筈の音のすなり」
「それも愛読書ですか。」
「うん。狩の前に弓を誉めた大猟を願う歌。
おれはどうしてもこういうのが好きなんだ。
意味のある言葉は好きだ。
この本の言葉はそれぞれ役割をもって生み出されてるんだ。
狩の成功を祈願したり、亡くなった人を慰めたり。山が荒れないように機嫌をとったり。
ただの言語じゃないんだ。コンピューター言語みたいに、数字を法則にのっとってならべていったら、意味のある動きをするようになる、それと同じで、言語も決りに従ってならべていったら思いもよらない動きをするんだ。」
「前から聞きたかったんですけど、
東尾先輩の名前のゲンゴって、やっぱり変わってますよね。」
「うん。
それにもおれの出生に関わる秘密があってだね。」
おれにもサラダくれ、と東尾先輩が言った。