私は脳の蛋白質の具合か何かで、
良い事が記憶に残らない。
悪いことばっかり覚えていて何か心踊ることが無かったろうかと思っても何も浮かばない。
極小さい頃から怒鳴られたり殴られたり蔑まれた事ばかり思い出になっていて、
誉められたり大事にされた思い出なんて出やしない。
だからかどうか分からないが
私は良いことというのを頭から疑っている。
この世には悪いことや辛いことばかり起きるようになっていて、それじゃあんまりだから良いことの存在に期待するようになってしまって、
つまり良いこと佳いことと言うのは嘘っぱちやまやかしなんである。
学生の時本屋で旧約聖書を立ち読みしていたら
楽園追放の下りの神なるもののねちっこさに腰をぬかしたね。
自分が裏切られたと知ったとき、
それは思い付く限りの憎悪と怨嗟をぶつけ抜いて追い払うのである。
ありとあらゆる苦しみを味わえと。
土をなめても生きる苦しみを生きろと。
肉を割く苦しみの中で子どもを生む苦しみを産めと。
妙に納得出来るものがあって。
絶対の存在にこれだけ怨まれて生まれてくる我々なのだから
幸福が真実な筈がない
ふしあわせの方が真実なんである。
言ってしまえば事実である。
こんな風に考えているので私は書くものもネガティブで言うことも後ろ向きです。
しかしそれもわたしの個性であり、文章を書く上での色調であるわけなのです。
私は斯くのごとき毛並みをしたイノシシであると。
その骨子に当たるのが
悪い出来事しか覚えない。その事。
それも悪いことに違いないけど、
でも書くと言うことから見れば善いことだったりする。