小説「おハナ婆あの日常」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

おハナ婆あの持ち物は少ない。
ニーチェのツァラトストラの古本が一冊。服はいつでもTシャツにジャージのズボンである。
おハナ婆あの洋服は実にこの一着だけである。

だから洗濯しているときは当然全裸だ。

畳四畳の地獄のようなアパートの中で全裸で布団に寝ころがって、洗濯機をごうんごうん回しながらニーチェを読んでいる。

おハナ婆あは哲学が好きな訳ではない。単にこの本が人生で一番難しいと思ったから読んでいるだけだ。
きっと死ぬまでかかってもさっぱり理解出来ない。だから暇潰しにもってこいだ。

おハナ婆あはスキンヘッドである。食事はとらず酒ばっかり飲んでいるから痩せてしわだらけだ。
まばらに生えてくる頭髪にも白髪が多い。

そんな体格でTシャツにジャージを着ているからじいさんにしか見えない。
でも何故か皆 おハナ婆あ と婆さん扱いしている。
ちなみにおハナはあだ名で本当の名前は誰も知らない。

おハナ婆あの用事は酒を交いに行くことだけである。それか、天気のいい日は公園のベンチで本を読んでいる。ウィスキーのポケット瓶を煽りながら。

と、おハナ婆あは何もコンビニのポケット瓶を買うわけではない。
月に一度酒屋で買える最もデカイ酒瓶を買う。それはもう驚くほどデカイ。

おハナ婆あの生活費は月に6万の年金である。それだけの金で死ぬまで生きていくために、いろんなことへの興味を棄てた。
酒は買ってきた大瓶からポケット瓶に移し替えて持ち歩いている。意外とマメなおハナ婆あである。

時々、ニタヨウナ爺さんらと道ばた酒を飲む。居酒屋に行く金がない爺さんはたくさんいるのだ。

よう、おハナ婆。
と道ばたで声を掛けられる。年寄りの多い国だから住むところのない年寄りもたくさんいる。
でも皆元気だ。
歯もない癖に未だに元気だ。

おハナ婆あは貧乏である。
少ない金で残った命を消費してしまうために、酒ばっかり飲んでいる。酒だけをのんでいる。
食材を買うのが面倒なのだし、料理するためのガス代もおっくうだ。

いつか、雪の日に飲んだくれて道ばたで死ぬのがおハナ婆あの将来設計書である。

屍体は見つけてもらって警察が引き取って無縁仏として供養してくれるだろう。

おハナ婆あが居なくなっても誰も悲しまないし、誰も困らない。外で死ぬからアパートも汚さない。

なんとも、けっこうなことだ。
と思い、おハナ婆あは今日も朝から酒を飲んでページを捲っている。