小説「涙バター」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

月光から造るバターと言うものが我が町の秘蔵であるのだが、
売るほどには量を造れないので客が来た時の持て成しか、
我々小僧には病気になったときだけありつけるご馳走であった。

沖合いは潮が中り合って複雑な海流をつくる海である。
北からも東からも集まってくる波が、切りもみのように油断のない潮の道をつくる。
そしてその流れが、最終的に町のある入江に届くのである。
晴天の月夜には、海面に映る月光がぞくぞくと入江に運ばれて水面の光濃度が恐ろしく高くなる。
小舟を出して待っていると、月光は波に揺られて集めあつめされて、遂に熟して乳のようなふくいくした汁に変わる。
それを汲み取って樽に寝かしておくと、一週間ほどでバターが出来るのである。

それはさらさらした黄色のクリームで、
玉子菓子のように密にこごっているのだが、スプーンで掬って口にいれてもらうと直ぐ様溶けた。
金色の海を飲み込むようなあまさだった。

海水から造るのだからしっかりとからい。

しかし口に入れて飲み干すまでに舌が感じるのは間違いなくあまさであった。

よく煮詰めた涙のような味がするのである。体内で海が広がっていくような、
からく、あまく。
そんな旨さのバターであって、だからとびっきりとご馳走だった。

当たり前さね、涙ら一等滋養のあるものなんだから。

食わせてくれるたびに、祖母はそんなことを話した。