小説「秋が来ます・2」ヒトリ要らず6 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

予想になかった見事な朱柿と、
おみなえしの束をごっそりもらったみわさんは嬉々として仕事部屋に引っ込んでしまった。
旦那は夕飯というおまけのついた晩酌の後はすぐ布団を敷いて寝に入ってしまう。老人の夜は早い。風呂は野良仕事のあとすぐにざざっと済ませてあるのである。
しかしのこと朝も早いので。
というわけで僕はせっかく新しく仕入れてきた心霊体験を、そのての話しを喜んで聞いてくれるみわさんに教えてあげるつもりだったのに、
しかたなく、なんて言うと失礼だけど(実際は言うほど残念でもないのだ)
東田さんにかいつまんで喋りながら、二人で一升瓶を使っていた。
「昨日おれはサナトリ階の掃除を担当したんですよ。」
「なんです、それは。」
「あ、違うか、いまホスピスって言うんですね。間違えた、ありゃ結核患者の施設です。院内ホスピスって言うんですよ。
癌や免疫不全症みたいなのが進行してしまって、とりあえず延命しかできない病人が入ってる病棟なんですよ。そういうとこに掃除機とモップかけてたんです。」
「ああ、もう治る見込みのない人達ってことですね。」
「そうですね。でも、ねえ東田さん、治るみこみなんてかなり博打だと思いませんか。
結核がその見本ですけど、2、300年前だったら歯槽膿漏だって死に至る病だったんです。
あと100年経ったら癌で死ぬような人も居ないかもしれないじゃないですかね?
見込みと思い込みって紙一重だとおれは思うんです。」
「夏目漱石も胃かいようが死因ですからね。確かに今では考えられない。」
それで、なにがあったんです?
と東田さんは、旦那とうらはらな豪快なペースでどんどんと一升を消耗していく。
「ええだからその、今にも死ぬって言うような人達の、個室のドアがぴったりしまってるフロアの向こうが、階段になってましてね。
ほとんど必要ない階段なんですよお。だって6階ですよ。普通だったらエレベーター使うじゃないですか。緊急避難用なんです。
で、おれがその非常時階段にモップかけてたんですよ。
それにしてもみわさんは仕事熱心ですねえ。
昼間も仕事部屋にこもりっきりだったのに。身体壊さなきゃと、おれなんかでも思います。」
「フリーランスはシビアな世界だからね。みわさんくらいしっかりしてる方なら、蓄財の必要はわかりきっているんでしょう。」
東田さんは我々4人の中では旦那に継ぐ高齢だが、月収という点ではもっとも貧相だ。
「でね、その階段におれがせっせとモップかけてたら、下のほうからですよ。
人が上がってくるんですよ。1時過ぎくらいだったかな。
別におかしなことじゃないんです。面会時間内にきっちり危篤になってくれる人ばかりじゃないですから。2時だろうと3時だろと、いよいよの時になれば身内の人も来ざるを得ないですからね。不謹慎ないいかたでしょうか?」
東田さんはただ笑って、コップの中身をぐびぐび減らす。
「だからおれは普通に、“ああ、ごくろうさまです。”くらいはあいさつするんですね。
人死にの現場ってのは応えますからね。
ごしゅうしょうさまですなんて言えないでしょう。だから、ごくろうさまです、って言うんですよ。それが1時過ぎでしょ。5,6分だったと思います。
で、それから10分後ですよ。おれたまたま時計見たから、正確な記憶です。
1時17分。さっき階段上がってきた、おじいさんでしたよ。
そのひとがまた来たんですよ、今度は同じくらいのおじいさんと一緒にね。
一緒にいたおじいさんはなにか大きな荷物抱えてて、きちんとスーツにネクタイの正装でしてね。最初のおじさんの後について真剣な顔して歩いてくるんです。
おれはまた、ごくろうさまです、ってそのおじいさんらに言いました。
したら、最初のじいさんがおれに
“おせわになりました。”
って言ったんですよ。おれ、ただの掃除かかりですからね。別に病院に対してなにか貢献してるわけでもないんですけど。でも、おせわになりました。なんて言ってくれたら、
いやいや、どうもどうも。くらいは言いますよね。」
と僕はもうこの話はこれでいいやと思った。
「つまりそれが、お連れさまだったと。」
だって東田さんは察しがいいし、ここまで話せば落ちはもうあってないようなものだ。
「その通り。その時間に面会に来た身内なんてなくて、もちろん出て行ったひとも居なくて、
居たのは1時19分にご臨終になったおじいさんがひとり、と、お後がよろしいでしょうか。」
「はは、とら君、最後はさすがに不謹慎だよ。」
と東田さんに言われたので、僕はすなおに、すいません。と言った。
別に東田さんに言ったってどうなるというわけでもない。
「しかしとら君、夏がおわると言うのにねえ。」
「ええ。やや季節はずれの怪談話しですね。」
「しかも階段で怪談話しなんてね。」
「よく出来てますかね。」
「まあ、何も人は夏ばかり選んでなくなるわけでないけど。怪談話の需要が夏に集中するのは、どうしてなんだろうね。」
それはおれも大いに興味があるんです
と、僕は思わずでかい声で東田さんに言ってしまった。
「東田さん、今の話聞いて、ぶるっときました?」
いいや。
と東田さんはした5分の1までに中身の減った一升を再び手に取る。そして
もっと身の毛もよだつことの方が多いよ。
「特にこれから先の季節に向かってね。」
と言った。
それこそ最もだ。
僕もそう思ったので、なみなみになる東田さんのコップに、僕はさらに酒をいれたろうとして、テーブルをひどい有様にした。