僕はわりと爺さん子で、
じいちゃんじいちゃんと後を着いて回るような幼少期を過ごした
筈だったのだけど、一緒にお役をしたあの夜から爺さんはぱったりと僕のことを構わなくなった。小学4年くらの時だった。
「じいさんの言うことをあんまり真に受けるなよ。」
時同じくして叔父がそういうふうに僕に言った。父もだいたい同じようなことを言うようになった。
じいさんのことを真に受けるな。
彼らは同じ顔に同じ声音を使って、ただ人間が違うだけの行為で、
僕にそういった。
爺さんの言うことを簡単に信じるな。
それは悪意だったかもしれない。嫌悪だったかもしれない。でもきっとそれらとは違うものだった。今僕は考えている。
彼らは爺さんのことをおそれていたのだ。
それは畏怖というものだ。
あんな山奥に住んでいても、父も叔父もまぎれもない現代人で、年金の払い方とか固定資産税の変移に苦しみながら何十年も生きてきた。
彼らは僕が知る限り原初の現実的な人達だった。
僕の子どものころの、人としての僕の原初の時代の、現実という煙たいものを賑わしていた人達。父と叔父は僕にとってそういう人達である。
家に居た頃も、今に至っても。
「爺さんのいうことを真に受けるな。」
彼らは爺さんを畏れていた。彼らが受け持つことにならなかったお役について、あくまで形式的な態度を貫いていたのは、そういう感情の裏打ちなのだった。
彼らはお役を務める爺さんのことが、きっと僕と同じ小僧のころから、恐ろしくてたまらなかったのだろう。
山の守と会話しに出かけていく爺さんの姿が、人の手の向こう側、こちらの理屈の通らない無茶な領域へ苦もなく入っていく爺さんの姿が、
年少の彼らにとっても恐ろしくてたまらなかったことを僕は想像している。
彼らはその恐怖から逃げるために、成人の後に必死で現実に食らい付いていった。朝方農業をして、昼からは下の村の工場に仕事をもらい、子どもを作ったり家をつくったりして年をとっていった。それはそれで彼らの道しるべだったんだろう。
そういう意味では僕がこの3、4年で試みたことはとてもよく似ている。道しるべという意味でそれはかなり近いものを持っている。
でも決定的に違う。
父と叔父は爺さんの現実から逃げるために自分たちの現実を必要とした。
僕は爺さんの現実の後を追うために自分なりに現実を模索した。
だから今あのときのお小屋に戻ろうと思う。
なぜか。
僕があの時遭遇した山の守を見極めるためだ。
山の守を見た時に自分がとっさに感じたものが、果たして真実だったのか間違っていたのか。
いや、ちがうな。
あのときの僕の反応は
自分の命に対しても爺さんの人生に対しても
果たして正しい行いだったのか。
それを見極めないといけない。
僕は理解しないといけない。
夏と言っても日が落ちれば山は冷える。僕はとにかく防寒の出来る品を慎重に選んだ。
水や酒は現地で調達しないと、ここから持って挑むには荷がかさばり過ぎる。
あれから10年は軽く過ぎている。
お小屋がいったいどんな様子になっているのか。今僕はそれを思いながら、小型の毛布と雨合羽をリュックに詰める作業を繰り返している。