小説「銀の目」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

あらゆることは関係のない人間によって生み出される。
戦争で亡くなるのは小さな子どもだ。だが戦争の真相は小さな子どもが死ぬということだ。それ以上のことはすべて解釈とか修飾とかあるいは創作といえるものである。
音楽家は楽しいフレーズを考えるからそれを譜面に付けるだけである。
ファンというのは単純にそれを騒ぎ立てているだけである。
余計な付加価値を加えて、単に音楽家は気分に従っているだけなのに、
裏切られた!
と叫ぶのはきっと一方的な解釈なんだろう。
スポーツ選手は面白いからプレイするだけである。
それを商業ベースに乗せるとか広告収入とか観客動員数とか、それによって人命を救うとか国家間のいさかいを仲裁するとか、そいうこともまったく勝手な虚飾である。
真相はとても単純だ。
やなやつがいる
おもしろい人間がいる
美しいひとがいる
えげつないことをする人間がいる
だいたいこれのどれかに当てはまるだろう、すくなくとも当てはまっていることに満足するべきなんだろう、と彼は思っていた。
彼のことを見ているのは銀色に光る一個の目玉で、それが銀色をしているということがもはや生物由来というものでない明らかな証拠だった。
銀の目を支えているのはなんだか妙にまじめな中年男だった。中年男は単純にまじめだった。それは仕事にまじめだとか自分にまじめだとか分類をつけることができるのかもしれない。
しかし真相は単に、この男がまじめなのだということである。
その他のことは彼が暇つぶしに考える意味の無い修飾であった。
中年男は非常にまじめだった。
こいつがまじめにともしている割には、当の目玉のほうではまったくおれに関心を持っている様子がない。
そう思って、彼は自分が置かれている状況、ここがどんな場所で、自分がどんな目にあっているか、ここに連れてこられてから始まったあまたの余計な虚構のなかで、初めて休息を得た。
それは寛ぎといってよいものである。
溜め込んでいた尿を一気に排出したような安堵に近いものである。
彼は自身の書いて出版しようとした小さな書物が「人民を煽動する可能性のある悪書」だ!
との容疑を掛けられて、今拘束されているところである。
悪書かどうか、それを読んだ人が悪い意味で躍り上がるかどうか、
それはまったく余分な解釈だと彼は思っていた。暇だったので頭の中でこっそりハミングしたりした。「フィガロの結婚・序曲」という明るく楽しく美しいメロディ。
そう、これはまったく余計な拘束だと彼は思っている。
真相は、彼が一冊の本を書いたというだけである。
一冊分の内容がそこに収納されている、と、それが真相である。それ以上のことは何もないのだ、それが真相だ。
今この部屋の中でそのことを知っているのはこの銀色の目玉だけだな、と彼は思った。
で、在る以上、この銀の目がおれを助けてくれるんでなければ、もう誰もおれをかばってくれたりしないんだろうなと彼は思った。
真相はそれだけである。
『だれもおれを助けない。』
真相は実にこれである。
彼が不運に落ち込んだとかかわいそうな人物だとかは、すべていらない、何処にも存在しないありもしない現実なのだった。