「おーい吉田さんとこのだかあ。
なにしょっだこげな時間に。学校わいや。
さぼんなよお。おっさん軽トラでおくったらあか。」
過ぎ去っていった異様なものに圧倒されて、
単純に
ぽかあん
としていた僕に、近所のおじさんが耕運機を転がしながらやってきて、言った。
「変な人達いたよ。」
僕はぽかあんからなかなか回復しないんだけど、どうにかそれだけ言う。
「変なもんらああ? そりゃいけん。何ぞをみた。おっさんに話してみいや。」
おじさんは耕運機を道の端(端っこでなくても他の車が通る心配はまずない)
に止めて、降りてきて、僕の隣にしゃがんだ。
「うーん、人がたくさん。歩いてった。あっち。」
僕が指差した方向を確かめると、おじさんは急に難しい顔をして、言葉も改めた。
「吉田君。どんな人やあだった。もうちっと覚えてないか。」
「うん。御祭のときみたいな、紺色の上着皆が着てた。
列になって歩いてた。でも、真ん中に、一人だけ女の人が居て、
その人は白い服だった。
で、その女の人が、なんでかずーっと、泣いてた。」
それだけ聞くと、おじさんはうーんと言って日焼け(お酒?)でかさかさのほっぺたをしばらく撫でていたんだけど、
「吉田君、今日は学校休むといい。おっさんが家まで送ったるけえ。」
と言って、耕運機に乗せられて僕は自分の家に戻ったのだった。
山ん人嫁さま
の話は家まで着いてきてくれたおじさんと、お父さんと最近めっきりよぼよぼだったおじいちゃんが、ここぞとばかりにふっかつして
教えてくれた。
「どうもこの子は山ん人嫁さまの行列を見たな。」
僕の家の変には山というか藪の凄いのみたいな、木の力に人が及ばない場所がいくつかあって、
山ん人というのは、毎年、決まった時期になると何処からか必ずこの場所にやってきて、
近隣の住民の手に余る、
生えすぎた草とか増えすぎた毒虫とか、
そのころから既に入り込んでいた外来生物を駆除したり、
そうして得たものから薬や嗜好品を作って、
そうしてまた別の場所に移って行っては、それらを売りさばいて生計を立てていた、そういう人達だったのだ。
山ん人の存在は完全なる伝承である。
そういう集団があった
という口伝や短い記録が、かろうじてそこここに残されているが、
実態は全くの謎に包まれている。
この国にもかなり昔から戸籍の仕組みがちゃんとしていて、
それにはまず住む土地が決まっていることが大前提で、
定住せずあっちこっちうろうろしている山ん人のような一団は、
蔑みの対象にこそなれ、王様とか将軍様の同情なんて得られなかったんだそうだ。
ところで、移動生活をしながら生きながらえてきた彼らにも、
婚姻についてはなやましい問題が付きまとった。
山ん人達はほどんどが血のつながった同属集団である。
しかし、あんまり親戚同士で結婚し合っていると、
なんか、よくないのだそうだ。
だから時折、旦那地(お父さんはそんなふうに言った)の女の人が選ばれて、
山ん人の家族にお嫁にいったのだそうだ。
そして、いまからほぼ70年前を境にして、
山ん人の存在は消滅してしまった。
消滅したのかどうかは分からないけど、でもそのころから僕の住んでいる辺りに、
山ん人達は二度とやってこなかったのだ。
じゃあ代わりの旦那地に移ったのか、
定住できる場所を見つけてそこで暮らしているのか、
誰にも分からない。
ただ僕がその朝にみた謎のヒト達は、
山ん人嫁さまの嫁入り行列に
間違いない と村中の年寄りが太鼓判を押す。
「なんしていまんなって、そげなもんが出てくるかねえ。」
と首をかしげる。
話し合いはいつまでも続いたのだが、
僕がその朝学校に行く途中、藪山に向かって歩きながらずっと涙を流していた綺麗な女の人
その人が一体
何だったのか答えが出ない、
僕にとってものすごく不満足な話合いがいつまでも続いていただけだった。