「天国の葬列。」
と、母がそう呼んだ。
死ぬ前の数年間、母は心を病んでいた。
秋の夕方の、なんと言うことも出来ない、
胸が絞られるような、
蒙い、明るい空模様を、
「天国の葬列。」
と母が呼んだ。
秋の夕方、母はわたしの手を取って、
家の近所をあてもなく、うろうろする癖があった。
私は母に手を握られて、何を思っていたのだろうか、
ただただ単純に、
手を取る母について歩いていた。
少し気のふれた女が、ちいさな子どもの手を引いて、
不安定に、無用心に、
無目的にそぞろ歩きをしているのだから、
家の辺りの人々はともかくも皆
奇矯の目でもって母を見ていた。
そうでないなら私たちのその姿に対して、
遠くから畏れて近寄りがたくしていた。
母は地面に繋ぎとめられていない人みたいに、
体重がないみたいにふわふわふらふらと、
街路をじぐざぐ歩きながら、
なんと言う意味も無い、鼻歌を歌ったり、
なんと言うことでもない音だけの言葉を呟いたりしていたのだった。
そして、“それ”に対して
「天国の葬列。」
と呼んだのだった。
「ほおら、天国に、葬列が行きますよ。」
あちらは今日も、おそうしき。
そういうように言っていた。私はみじめな小僧だったから、
母が一体何を言っているのか、さっぱり分からなかったけど。
そうしてしばしそぞろとしていると、
泡を食った祖父が、怒鳴り散らしながら駆け寄ってきて、
母をひっぱたいて家につれて帰るのだった。
レンブラント光というらしいことを、今では私も知っている。
低く浮いている雲の破れ目から、
熟れた光が漏れてくる。
胸が絞られるようなあの景色。
母が見つめていた秋の空。
それにしても、天国でわざわざ葬式をだすんだろうか
と私は長い間疑問に思っていた。
せっかく天国に行ったのに? と。
別離というのはあきれ返るくらいいたるところにあるのだと、
私は
長い間知らなかったから。
