男というのはなんてカレーライスが好きなことだろうか、と私は思った。
鴨志田穣著「酔いがさめたら家に帰ろう」を読みながら、
コップに「注いだだけ」の焼酎をくいくいするという、最低な夜すがらを送っている最中で。
同書は最低のアル中で身のこころもぼろぼろにした主人公が、
最期の望みを託して断酒治療の病院に入院している、日常こもごもが描かれる。
私はこのお話がとっても好きで、なんですきかと言うと、
登場人物が深酒込んでなんども血を吐く様子が語られる、
そのくだりを追いながら、
「あ~、気をつけないとあたしもこんな死に方するのかねえ。」
という、その時の自分が好きなのだ。いよいよ、でなくとも、
もう先から自分も駄目な人間だ。
で、ともかくお昼ごはんがカレーライスなのである(本の中で)。
「何故男とはこんなにカレーが好きなんでしょう。」
と私は言った。ニュースサイトを斜め読みしていた夫が
「ふい?」
と気持ち振り返るのだけど、なんのことか分かっていない。
アルコール中毒の治療院なんだから、患者は一癖ふたくせじゃすみゃしない
あらくれ男ばっかりだ。
隙あらば とる、
みたいな空気を普段からばつばつさせている彼らが、
カレーの香りを感じ取るや ふそん と空気が抜けたみたいに
にこにこいい子になってしまう。
そして仲良く並んでカレーライス食べるのである。
つまりこういうのがにんげんなんだ
といろんな人に見せて回りたいようなシーンなのだ。
「そういえば女性を懐柔しようと思ったら何食べさせたらいいんでしょう。」
と言ったら、夫がまた肩越しに振り返って
「?」
している。
「晩ご飯カレーだったらきげんよくなりますでしょ。」
? しながらも夫は誠実なので
「まあ、そうだな。」
と言う。
「でもたとえばおばはんって此れを与えたら機嫌がとれるっていう、
そういう絶対のアイテムがなくないですか。」
「飴。」
と夫が言った。
「違う、それは彼らが与えたがるものなんだよ。」
「彼じゃないだろう。」
そうだろうか?
「何を考えているの?」
と夫が聞いた。
「荒れ狂うおばさんを鎮めようと思ったら何を差し上げたらいいでしょう。」
「ダイマルの包装紙の中身とかじゃないのか。」
地方では絶対の信頼、百貨店。
「いや、だから単に金額とかの問題じゃなくてですね。」
「甘いものでも食わせときゃいいんじゃないのか。」
「甘いもの? そんな女こどもが喜ぶようなものが通用しますか?」
「君はさっきからおばさんをなんだと思っているんだ?」
おばさん。
それは兵器ですよ。
おっさんは言うなれば軍隊だ。徒党を為して動くのに秀でた生き物だ。
対しておばさんは兵器だ。個にして最強が世界に何億人いるというんだろう。
それ自体が明確な攻撃能力、使い方次第で世界がほろぶ。
一人の男が潰した国というのはインパクトが低いが、
女で滅んだ国は有史にちょいちょい見つかるぞ。ちょっと差別的だろうか。
ああおばさんが、天を泡立てるごとく荒れて乱れて怒るときに、
何を思って鎮めるべきなんだろう。
酒を呑めば眠ってくれる酒呑童子のほうがよっぽどやりやすいだろう。
と、思う私も、
そういえばなにをもらったら機嫌がよくなるんだろうと思ったら、
何というものも見当たらない。
喜ぶということをなんだかずいぶんしていない気がした。
その筋肉がしばらく動かない。
自分の中の空虚に上唇抓られる、午前2時。