一日分の家事をやっつけて気がくさくさしていたのと、
そういうことは朝が来ても絶対に忘れていない息子が
「明日の朝ぷりんが食べたい」
と言って、
言っていたのを忘れたままなのを思い出したから深夜コンビニに向かった。
全然知らなかったが雪が降っていた。
雪が降るときは音がしない。
雪のひとかけ一欠けのこまかいひらひらあたりの音を吸い込んでしまうからなそうな。
しかし今夜の雪はなんだかかりかりかりかりした雪である。
水気が多い。
水気が多いときの雪ならもっともったりしそうなものであるが、
おそらく気温が下がりきらないのだ。
太るわけに行かなかくてとんがった細かい雪が、それでもイジ張るみたいに
きりきりの夜空から降ってくる。
でっかい長靴を履いて夜道を行きながら、
同じ白いにしても雪に対して「砂糖」という比喩を中てるのは、
ひょっして太平洋地域の人でなかろうかと私は考える。
粉砂糖ならば恐れ入るのである。
生まれたときから冬ならばとにかく雪が降るこの地方に住んでいる私にとっては、
雪が甘優しい思いをさせてくれた記憶などまずもってない。
これはおそろしく苛烈である。
いや、性格には何も雪がひとの暮らしをどうかこうかしようとしうのではない。
自然がなべてそうであるみたいに、雪もただ降るのである。
文句というならそんな地域にわざわざ住んでいるのが悪いのだ。
こういう辺鄙な土地に居ついたことには、
先祖だいたいの何かの事情があるにはある。
しかし住む土地を選んだと言うことに関しては、
それはどうしてもひとである私の先祖の誰かが、自分で選んだことなのだろうから。
とはいえ雪は降る。
情け容赦なく降る。
この辺で身内を雪でなくしたことが無いという人が居たら
それはただただ偶然の幸運みたいなものだ。
それはありがたいことですねえという意味のことだ。そのくらい気を抜いたら人が死ぬ
そのくらいただただ雪が降る。
その辛さを比喩でものすなら、なんとしても砂糖なんかじゃない。
もしこの、家でも人でも温度を盗っていくだけのやっかいなひとが
あまやかな連想ですむのなら、
それはきっとあなたがこの降る雪を
「眺めているだけでいいから」
なのだと私は思う。ああ寒い。時間はもうじき2時を回る。
レジ横のおでんは店じまいの頃合だなあ、と私は寂しく、
なお体寒く予想したのだった。
雪がしゃりしゃりしおからい。