小説「カピカピ」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

「トムクルーズのこどもは鼻水を出すだろうか。」
「出すんじゃないの。」
彼は思ったことを口にする。思ったままを口にする。いつだって。
彼がいつどんなことを思いつくのか私は分からない。だからもういいかげん私も、
どうでもいい、というふうにしか返事できないのだ。
彼はだから、むっとしたようである、きっと。
「何でそんなことを訊くの。」
「だってトムクルーズのこどもはべるさあちの服着てるんだぜ。」
彼はベルサーチがなんなのか知っている。高価な服を仕立てるメーカーだということ。
そのうえで、絶対こんなふうにしか聞こえないように発音したので、
私も聞こえたままに描写するのである。
トムクルーズのこどもはベルサーチの服を着ている。ほんとに着ているかどうかは知らない。
でも一着も持ってないことはないだろう。
彼はそういうことに対して、どういうことかというと
4歳とか5歳のこどもが堂々とベルサーチを着ているということ、
に対して驚愕というか憧憬というかあるいは顕かに感じているやっかみを込めて
べるさあち
と発音するである。
「ベルサーチがどうしたよ。」
「トムクルーズのこどもが鼻水出したとするじゃんか。そしたらそのべるさあちの袖鼻水擦るんだろ。」
「お付のばあやとかがすかさずハンカチ持ってるんじゃないの。」
私は応えた。
「いや、袖で拭いて欲しい、絶対袖でふてほしいね、自分の鼻水。」
やれやれ。どうでもいいことだ。強いて言うとあんまりしたい話題でもない。
彼は話し続ける。
「だってそしたら、べるさあちの袖がカピカピってことじゃないか。あるいはトムクルーズの
こどもの鼻の下がカピカピだってことだろ。
おれきっと、そうであってほしいなあ。べるさあちだろうがプラダだろうがフェラガモだろうが、
何着てたって何着せられてたって、袖がカピカピだったらいいなと思うんだ。
鼻のしたカピカピだったらいいなって思うんだ。
そしたらきっとそいつのことああ、こどもなんだな、って思えると思う。
そしたら赦せると思うんだよなあ。」
何をだよ、と思ったけど、それは恐らく憧憬とかやっかみに関係することなんだろう。
ひょっとしてトムクルーズのこどもはベルサーチの袖で鼻水を拭くのかもしれない。
だってきっとそのこにとってはベルサーチもシャネルもドルチェアンドガッバーナもおんなじことなんだろうから。
どうか意味も分からず着ていて欲しい。私だってそう思う。
ベルサーチだろうが西松屋だろうがユニクロだろうが
なんだっておんなじであってほしい。
なんだって同じなんだと思っていて欲しい。こどもならね。
なんだって同じな状態で生きて大きくなった彼らはやがて、
ベルサーチがなんなのか西松屋がなんのか経済がなんなのか生産がなんなのか
知るときが来るのだろう。

ぞわっとするな。
その時が来た瞬間、それを知ってかつ理解した瞬間をどうクリアできるか。
その瞬間そのこは、自分が鼻水をつけたからしててしまったベルサーチのジャケット、
それをどう思い出すんだろう。
いやあ。ぞっとする話だな。
と私は思った。とおいくにのおはなし。