『苦労はさせられないといいましたの。』 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

ちょっとそこのおばあさんの話聞いていなさい。
と言って、知らないおばあさんと二人取り残された。
という、うっすらとした記憶がある。
いったいなんの時だったのか分からない。
あるいは妙にはっきりとした夢を現実と誤認しただけかもしれない。
真っ白な角刈り頭のおばあさん。
今急に縫いましたって感じのてろてろのワンピース、
紫いろの、なんとも言えない模様のワンピースを着ていた。
車椅子に座って、ガーゼのハンカチ掴んでいた。
しかし車椅子なのにどうして杖が必要だったんだろう?やっぱり夢だったのか。
私の夫は姉が5人もいてみんな実家におりましたの。
おばあさんは話す。
家中人が多いですけど、私が全部世話をしていましたよ。
朝起きてご飯を炊くのから、つかったお椀を下げるのや、
拭き掃除や洗濯をして、病気のお舅さんの面倒をみてね。
止まってられないくらい働きましたよ。
でもね、それでもみんないじめるんですよ。
菜をこんな切り方にして無駄をだして、みっともない、
こんなに洗濯の遅い嫁はみたこともない、
こんな嫁に世話をされてお父さんが可愛そうだ、ってね。
いつだったか祭りの挨拶に実家の父が来ましてね。
私のこんな様子がばれたんです。
父が呆れました。
こんな苦労はさしとられんといいましたの。
お前はどうするつもりだ。こんな家に居るつもりか。わしと一緒に帰るか。
といいましたよ。
私は迷いました。
でもなんで迷ったのか分からんのです。
迷っとらんで、なんで父について買えらんなんだか、
なんでかどうにも分からんのです。
ああ、やっぱり夢だったのかな。
そのまま婚家にとどまったおばあさんが、
どんな死に方をしたのか、どうしても思い出せない。