今ある方のブログを読んで思ったこと。
日本人がやたら桜押しなのは、
(↑ソメイヨシノね。そのほかは知らんよ)
綺麗なまま散っていくから
潔い
ということなのだな、と。
日本人が花を愛でる時は
散るのも込みで花なのだな、と。
「家に帰るまでが遠足」
みたいな感じで
「散るまでが花」
なんだなと。
美しい姿で散ってい花は厭おしい。
こいうのって二元論の文化で生きている人には
理解できないんだろうなあ。
二元論は「いい」か「わるい」かだから、
「いい」やつは生きるだろうし
「わるい」やつは死ぬだろうから、
死んだ(散った)やつは
「わるい」
んだから頓着する必要が無いのだ。
が、しかし
日本人は伝統的に一番怖いものが
自然
であるから、
どんなに「いい」やつでも、
自然災害であっけなく死ぬ。
こういう現状を幾星霜、代を重ねて散々見てきたから、
自然死に方にも興味が湧くようになったんだろうな。
この国は「島」だから存在原理が「孤独」だ。
だから大陸処世の人間にしたらオカルトだ。
おれはそのオカルトに俄然興味がある。
だからおれはそのオカルトを書く。