小説「ミートソース小説」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

 結婚当初僕の両親はミートソースにつてもめたそうだ。お父さんの口に合うそれをお母さんがなかなか作り出すことが出来なかった。お父さんは本当に食べ物の好みが激しくて苦労したのよ、と後にお母さんが言っていた。

 でも僕の記憶にある限りお母さんのミートソースはもうお父さんの気に入るそれになっていて、そこに至るまでにどれだけの試行錯誤があったかは分からないが、ともかくご飯がミートソースの日はお父さんにしても僕にしてもかなり嬉しい日だった。

 お母さんのミートソースは肉の粒が小さくてどろっとしていて赤いというよりはオレンジっぽくて僕は大好きだった。お母さんがミートソースを作ると僕は嬉しくて、必ずおかわりをするからそれを見てお母さんが喜んだ。「たくさん食べてくれるから嬉しいわ」と言ってお母さんが喜ぶのが僕は嬉しかった。

 僕が中三の時にお母さんが死んだ。お母さんが死んだばかりのころ僕は物凄く寂しくて、時々無性にお母さんのミートソースが食べたくて食べたくて堪らなくったんだけど、そんなことをお父さんに言ったらお父さんのことをとても困らせてしまいそうだったから、僕は我慢して言わなかった。僕とお父さん二人だけの生活になった時、僕の日常からミートソースは自然に消えて無くなってしまった。

 大人になると、僕は女の人と付き合うようになった。ご飯何が食べたい、なんて聞かれることもあったから、僕はつい

「ミートソース。」

 なんて言ってしまう。女の人達は料理が旨くて、みんなそれぞれにミートソースを作ってくれるんだけど、お母さんのミートソースみたいなのを作ってくれる人はなかなか居なかった。女の人達がミートソースを作ってくれるたびに僕は、

「違うんだよなあ。こんな感じじゃないんだよなあ。」

 といってばかりだった。女の人達はつまらなそうな顔をしていた。多分これが原因だと想うんだけど、僕は30歳になるまでに結構たくさんの女の人に振られてしまった。

 30歳になってやっぱり僕はお父さんと二人っきりで、ある日もうこれ以上無いってくらい寂しくなってしまってお父さんにそんなことを言うつもりはなかったんだけど僕は、

「お母さんのミートソースが食べたい。」

 と言ってしまった。そしたらお父さんも、

「お母さんのミートソースは美味かったよなあ。」

 と言った。二人でしんみりした。そしたらお父さんが、

「お母さんのミートソースだったら、昔使ってたパソコンに作りかたが入っているかも知れないぞ。」

 と言うのだ。僕とお父さんは昔お母さんが使っていて今は何年も物置になっている部屋に行って見た。段ボールをいくつもどかしてみたら、お母さんが家計簿をつけたりするために使っていたふるいパソコンが出てきた。

「使えるかな。」

 と僕はお父さんに聞いた。

「とにかく電源点けて見ろ。」

 とお父さんが言った。僕は机の埃を払ってコンセントを探し、パソコンのプラグを挿して電源を入れてみた。立ち上がるまでに時間が掛かったけど、フォルダの中には「日びの記録」と言うのを見つけることができた。その中を開いてみる。お母さんが書いていた日記や買い物の記録の中に、「レシピ集」というファイルがあったので僕は迷わずそれを開いた。ワードの画面をスクロールしていったら、見つけることが出来た。お母さんのミートソースだ。

 僕とお父さんは買い物に出かけた。玉ねぎを一個。ベーコンを3枚、牛乳、トマトのほかにニンジンや果物も入っている野菜ジュース、ひき肉を300グラム、大蒜チューブ、オリーブオイル、あればパセリのみじん切り。お母さんのレシピにあったものを全部メモしていた。

 うちに帰って僕は作り始めた。お母さんが使っていたふるい鉄のフライパンを出してきて。

 フライパンにオリーブオイルを引いて大蒜とみじん切りの玉ねぎを入れてから火に掛けます。

 玉ねぎがぱちぱち言いだしたら焦がさないように混ぜつつ茶色くなるまで炒めます。

 みじん切りにしたベーコンをフライパンに入れて炒めます。

 その中にひき肉を入れてぽろぽろになるまで炒めます。炒まったら塩コショウをします。

 フライパンに牛乳を少しずつ注いで混ぜます。これで肉の臭みを消してこくを出します。

 野菜ジュースをひたひたになるまで注いで弱めの中火に掛けてゆっくりと水分を煮飛ばします。

 フライパンの中の水分が充分飛んでどろどろになってきたらケチャップとソースで味を調えます。物足りなかったらお醤油を足します。

 ソースの三分の一をミキサーに掛けてどろどろにします。

 ミキサーの中身をフライパンに戻して混ぜます。ミキサーにソースがこびりついたらジュースを少し注いで回しましょう。

 お母さんのレシピにあったとおりに僕は作っていった。大きな鍋でスパゲティをたくさん茹でた。

 スパゲティが出来上がると二人分のお皿に盛って、僕はお父さんを呼んだ。昼ごはんなんだか、晩ご飯なんだか分からない時間だった。とにかく今はスパゲティを食べよう、僕とお父さんはその点で同意していた。

 二人でフォークを取って食べ始めた。

 お母さんのミートソースだった。

「懐かしい味だな。」

 とお父さんが言ったきり、僕たちは無言で流し込むようにスパゲティを食べ続けた。食べるのを止めたら、「おかわり、」と言ってしまいそうだった。お母さんおかわり、と言ってしまいそうだった。僕はそんなことを言ってしまわないようにもくもくとミートソースを食べ続けた。そういえば何年ぶりかのミートソースだった。

 台所に中途半端な夕日が差していて、僕とお父さんは無言のまま食べ続けたのだった。