よろず一言レビュー:ケムリクサ *思いついたのをちょっとだけ 2019 03/31 | ぶんどどぅる!

ぶんどどぅる!

ポリニアン・新生ダイアクロンなどのドールやトイ・フィギュア等を愛でたり、最近はエアガンモデルガンとかのトイガン系趣味も再燃したり、アニメや漫画などの感想をだらだらと綴ったり、ただ日々の日常を書き殴ったり、そんな感じで

えっと、レビュー本編をとっとと上げてしまうべきとは思うのですが、ちょっと纏めたいものができまして。

 

以前から何度か挙げて、個人的にはシリーズ化したいって感もなきにしもな、「ケムリクサ」におけるSFマインドの感ぜられるプロットやガシェットについてと、そこから連想される過去私が触れたことのある作品の紹介をネタに駄弁を垂れ流す企画。

 

多分その第3弾、をやってみようかなと思います。

 

因みに第1弾は「パーソナリティのデータ化」、或いは「精神転送(マインドトランスファー)」について

よろず一言レビュー:ケムリクサ *思いついたのをちょっとだけ 2019 03/16

 

 

よろず一言レビュー:ケムリクサ *思いついたのをちょっとだけ 2019 03/18

 

 

で、今回は常々引っかかっていて第11話で個人的にその疑問が顕在化したもの。

まぁ実の処第1回のパーソナリティ云々とめっさ被るお題ではあるのですが(^^ゞ

 

 

「輪廻転生(リインカネーション)」、第3回はこのお題で行きたいと存じます。

 

 

ここで面白いのが、キリスト教の2例として上で挙げたイエスの奇跡と最後の審判の死者の甦り、この何れも死んだ人物が生前の知識や経験記憶はそのままで復活・・・しているように見受けられるのに対してヒンドゥーや仏教では自我や個人的な意識は個の死によって消滅するという考え方がされているという点です。

 

勿論あくまでも私の知る範囲での思想ですので、当然真逆の考え方の部派も存在します。

 

例えば仏教の中でも、達磨大師を起源として隋~唐代に開花しその後日本にも広まった「禅宗」等では、輪廻とか以前に、そもそも来世での幸せより現世での自身の研鑽に重きをおいています。

鎌倉武士の「一所懸命」といった思想も、元は武家階級が信奉していた禅宗の影響があるとかないとか。

まぁ実の処、過去に極楽往生などを旗頭として、かのイスラームの戦士ばりに死を恐れずに信長と対峙した石山本願寺軍の件などの反省もあってか、昨今では以前ほどは他の仏教各派も来世についての言及はしなくなった気がします。

 

で、上の踏まえて。まぁあまり踏まえなくても良いかもですが(´ω`)

 

TVアニメ版「ケムリクサ」において「転生」を思わせるキャラクターは主に2名。

「わかば」くんと「りん」さんです。

 

あ、勿論りつねぇやりなちゃんといった子たちもある種転生なのではありますが、あまり手を広げちゃうと何なので今回はこのお二人メインという事で(*´▽`*)

 

皆様ご存知の通りわかばくんは、地球の構造物を文化財として複写・保全する事を目的に派遣?されてきた異星人、通称「ワカバ星人」ワカバくんの転生体だと推測されます。

考察・冷奴勢の皆様が様々な仮説・・・最近では、ワカバくんをワカバくんたらしめる意識(パーソナル)そのものは本星のクラウドシステムに存在していて、「島」、あるいは「船」に存在している人形(ヒトガタ)、はあくまで外部端末なのでは?という仮説が結構クローズアップされてきているようです。

確かにそうであれば、端末に過ぎない子機ならそれを苗床として当座の危機に対応。更に新たな子機を生成すれば良いという、一見生命軽視とも取れる乱暴な発想もし易いのではと思えます。

 

ただここで気になるのが、本編で出張っていた「わかば」くん。

「ワカバ」くんだった前世?過去?の記憶が全く持って無さそうって部分でありまして。

「ワカバ」の計画の目標の一つとして「りり」ちゃんとの再会もちゃん計算に入っていたのであれば、当然前世の記憶の継承は不可欠な筈。

それともあるいは、りりちゃんが会えば自分だと認識してくれるって程度の感覚で「また逢える」なんて言ったなんて可能性も?

まぁこの辺り、ブルーレイのオーコメとかで言及されるのではと、今から楽しみな部分ではありますが。

ただ結局明かさない、なんて可能性も多々ありそうではありますよねぇ。

一応自分の名前が「わかば」って事と、過去のケムリクサの操作といった手腕はちゃんと覚えているのがまた疑問点マシマシになっちゃう訳でもありますけどね(^-^;

 

 

 

 

 

 

 

後以前から気になっているのは、本来は「ワカバ」の助けとなる・ワカバと再会するのが目的としてあった「りり」の分割で、「記憶の葉」のロックと「だいだいさん」のワカバに関する箇所のベタ消しのみの対処なら、6人全員がワカバについての記憶が無いってのが不思議ではありますが。

この辺りも何かしらのアンサーがちゃんと存在するのでは思うのですが、全てはヘラジカ監督の頭の中で、あちらが答えてくれない限り真相は闇の中なのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

見た目のごつさと盾向きに偏ったパラメータを敬遠してミスラ(猫耳にゃ!誇らしいにゃ!)をマイキャラとしていた私でしたが、フルアーマーガルカのごつさは魅力的に感じていましたっけ。

 

 

さて2つ目。

 

*「チベット仏教」の「化身ラマ(転生ラマ)」

2つ目で既に現実の話ってのがネタ切れ感ありありなのですが(;'∀')

かつてはラマ教とも呼ばれていたチベット仏教で現在も継承されている、宗教的指導者の「転生」を追認するシステム・・・というとなんか罰当たりな言い方になってしまいますね。

現行の君主「ダライ・ラマ(観世音菩薩の化身)」が有名ではありますが、他にも「パンチェン・ラマ(阿弥陀如来の化身)」、「タイシトゥ・リンポチェ(弥勒菩薩の化身)」、「カルマパ(観世音菩薩の化身)」等が現行で化身認定されています。

 

まぁ某大陸の拡大・覇権主義の被害の為、現在のチベットは非道い状態となってるおり、その弊害で17世紀から続く国家元首の名跡を継ぐ「ダライ・ラマ」は亡命中。某大陸の大国が唯一認めた化身ラマ「カルマパ17世」は当然傀儡色が強くって・・・あぁあかん、何か政治色が強くなってきた(;'∀')

 

ともあれ、フィクションの転生ものの元ネタとしても、或いは「セブンイヤーズ・オブ・チベット」や「リトル・ブッダ」といった事実を元に脚色された映画などでもモチーフとされるってのは現在進行形で成り立っている「事実」ってのが大きな理由かと思われます。

 

 

うん、ちょっとネタが思いつかないや(´ω`)

もう一つくらいいけると思ったのですが、行き当たりばったりはいけませんね。

取り敢えずここでup致しますが、なにか思いついたら追記するかもしれません。

 

ではではっ

 

04/05 15:41追記

うん、大事な作品をすっかり忘れていました。

 

*「ナルニア国物語」 C・S・ルイス

やっぱルイスもトールキンも瀬田貞二先生訳が至高!

「つらぬき丸」や「馳夫」、「泥足にがえもん」「朝びらき丸」といった優しみのあるセンスを理解できない「残念な後達」が最近増えているみたいではありますが・・・

 

ま、それはさておき「ナルニア国物語」です。

映画の興行成績が振るわなくってディズニーが撤退、次回作が有耶無耶になってたと思ったら、どうやらネトフリが再映画化・そして再ドラマ化もするとかしないとか。

今飛ぶ鳥を落とす勢いのネット配信メディア業界の大物の肝入りだから、今度こそは最後まで完遂してくれる・・・といいなぁ(´ω`)

 

と、いつもの如く脱線しましたが。

 

作者のクライブ・ステープルス・"ジャック"ルイスことC・S・ルイスはアイルランド系英国人の学者にして小説家。更には中世文化研究者、信徒伝道者にして没後「米国聖公会」の聖人序列を受けるという多士済々な人物です。

このルイスさんの世界的にもっとも有名な著作が「ナルニア国物語」全7巻で、本項ではこれについて語る事となります。

恐らくこのブログに辿り着かれるような奇特な皆様であれば、「ナルニア国物語」は基礎の基礎とは思われますが念の為ざっとあらましを。

 

かくれんぼしてたらタンスから異世界に入っちゃった!

なんやかんやあってその世界の創造に立ち会ったり、キリストっぽいライオンさんに導かれたり王様や王妃様や騎士になったりして、ナルニア世界の年代記に関わったりするよ!

最期は自分達の世界の鉄道事故であぼんしたと思ったら、ライオンさんに導かれて「まことのナルニア」で末永く幸せに暮らしましたとさ。あっちょんぷりけ。

 

うん、多分大体あっている筈(*´▽`*)

 

で、キリスト教の在家伝道者にして学者でもあるルイス先生の唯一にしてダントツの著名作である「ナルニア国物語」。一応はソフィスティケイトされているとはいえ、どう考えてもキリスト教的宗教観が満ち満ちの作品なのは皆様ご承知の通り。

まぁその辺りで批判も結構受けたり、旧知の中であったトールキン教授とも最終的には絶縁するという悲劇もありましたが、現在にも綿々と続く近代型ハイファンタジーの古典の一つとして「指輪物語」と双璧を為す金字塔的存在であるという点に於いては今後変わる事はないものと思われます。

 

でまぁ上でもちらっと書いた通り、その最終作「さいごの戦い」において舞台である「ナルニア」は滅びを迎えます。そしてキリストのメタファーであるアスランに導かれ、ハルマゲドン=最後の審判に全ての生きとし生けるものが対峙して、「まことのナルニア」と「影の国」の何れかへと進む事となります。

で、「まことのナルニア」には現実世界で亡くなったナルニアに縁のあるキャスト全員が召喚され、「よいものがほろびることのない」「まことのナルニア」でとこしえの安心を得られました・・・

 

うん、蘇りというよりこれ「黄泉還り」だねこれ(;´∀`)

 

この作品で当時批判を受けた最大の原因が「現実世界での死によって、キリスト教的な楽園的世界に復活できた」という描写で、文学者としてのみならず神学者・在家伝道師としても相応の地位にあったルイスであったが故の非難ではあったのだろうけど。

まぁ勿論批判のみではなく評価の方も高かったのだけど、立場上どうしても看過され難かった面は多々あったであろう事は総合に難くなく。

 

で、3日にupされた「12.1話」を観るにつけ、何かこの「さいごの戦い」のラストをちらっと思い出しちゃったんだよね。殊に「死んだと思ったら別世界で死んだ人に出会った!」って辺りとか。

 

よし、取り敢えずこの記事はこんな感じで締めとこう。

後でこの箇所だけ切り取って新規記事にするってのも・・・どうしようかな(;'∀')