数年前になるのだが、ゆっくり過ごしていた午後

電話が鳴った。

 

とっても久しぶりの年配の方だった。

出会いは病院。

隣りのベッドに入院していた。

 

退院後も何度かお会いしたりお世話になったりもしたのだが、

息子さんやご主人に癌が見つかり、息子さんの方は場所も悪くもう手遅れで、

気になりながらも、なかなかこちらの方からは連絡も出来ないでいた。

 

「今日は私の誕生日なの」

 

「わあ~、おめでとうございます!!」

 

「今日は自分の誕生日だけど、誰かに祝って欲しくなって・・・。

そうしたらあなたのことを思い出したの。

あなたなら一緒に喜んでくれるから」

 

 

 

また、全く別の時、

これまた別の方の家族におめでたいことがあり、教えてくださった。

 

この時も、

「わあ~、おめでとうございます。

本当によかったね~、教えてくれてありがとう」

 

 

「ありがとう。

嬉しいことは誰にでも言えないから」

 

「え?そうなの?」

 

「人の不幸は蜜の味というけれど、

不幸は広まるけれど、いいことは広まらないのよね、喜んでないのがわかるし。

だから伝える人は限られるのよ」

 

ただ、目の前の人に嬉しいことがあっても、それを一緒にわがことのように喜ぶ人は少ないのだと知った出来事たちだった。

 

と同時に、人の喜びごとを一緒に喜ぶだけで

「喜ばれる存在」なのだと教えていただいた。

 

人の嬉しそうな笑顔を見るだけで私も幸せになる。

だから、人の喜びごとを聞くのは嬉しい。

 

幸せも伝播する。

 

 

 

 

そんな私の物語。

 

高校を卒業し、実家を離れ、県外の女子大に入学した。

 

今はもうないのだが、全く土地勘がないため女子寮に入った。

 

予め寮に送る荷物は3個と決められていた。

 

机やロッカー、ご飯は3食付いているが、

一つの荷物は布団袋である。

 

幸いにして、洋服なども大して持ってないので収まった。

 

入学式の時には母がはるばるやって来て、寮を見て、

「一年で出なさい」

と言われた。

私は目の問題を抱えており、コンタクトと同じで、ずっと義眼をしているわけにはいかないので、それはありがたかった。

 

 

一年生がほとんどの当時の寮は、いくつかの大部屋と、一年で出ていく生徒も多いので、

上級生のためのいくつかの2人部屋などが少しだけあった。

全部で100人以上はいたのだろうか?

 

一つの大部屋には、確か32人いた。

そのほとんどは一年生で、数人の上級生がいた。

 

 

大部屋の真ん中には真っ直ぐの通路がある。

隣りとの仕切りは上部があいているベニヤ板。

出入り口はカーテンで、病院みたいに中からいるかどうかわかるように上下がしっかりあいていた。

おまけに、自分の場所にいない時は、カーテンを全開しておく決まりだった。

 

だから、お腹が空いてカップ麺でも食べようものなら、

窓を開け、窓のカーテンをかぶり、外に向かって食べていたとしても、

丸わかりだった。

 

点呼は朝晩ある。

 

起床は6時で、決められた場所の掃除から一日が始まる。

 

夕方6時以降は外出届が要ったし、それでも合コンなどの飲み会に参加しても、

門限は早く、午後9時にはみんなで並んで点呼があるのだから、

早いお開きになる。

外泊ともなれば、親の了承が要る。

 

今のように携帯電話の無い時代である。

外部と連絡しようと思ったら、寮にたった2台しかない公衆電話を使うしかなかった。

当然行列だから、これもまた順番待ち。

 

外からかけてくる人たちにとっても試練だった。

夕方以降、点呼までのわずかな時間にこれも2台しかない電話は鳴りっぱなし。

つながるかどうかは運次第。

コンパで知り合った人が寮に電話をかけても、なかなかつながらない。

ひたすらかけ続けるしかない・・・。

繋がれば、ほとんど奇跡。

当然長電話は出来るはずもない。

 

テレビは、寮に一台だけ。

よっぽどでなければ、ワザワザ見に行く人は少なかった。

 

 

なかなかに鍛えられたのはお風呂だ。

 

お風呂は一応一人ずつ入れるのだが、

決められた数しかないし、

夜の点呼までに最後の風呂掃除もあるので、

お風呂に入るにはまず順番取りが必要だった。

 

そして、一人に与えられた時間はわずか20分!!

 

しかもそれは、洋服を脱ぐところから、また洋服を着て出るまでの時間だ。

 

その間に、すべて済ませるのだ。

 

次の人が待っているから、規則は守らざるを得ない。

 

だから、一人暮らしになった時、

ゆっくり時間を気にせず湯船に浸かっていられることに感謝した。

 

今でも、この貴重な経験のありがたさを感じている。

 

 

ご飯はどうだろうと実は一番心配していたのだが、

3食栄養を考えられたご飯は結構大丈夫で、そのお蔭か、

はたまた友達が常時いるので一緒に間食をしていたせいもあってか、

夏休みに帰省した時にはしっかり太っていた。

 

 

そして、当時よく家に来ていた伯母は見逃さなかった。

 

「太ったね、足が」

 

「・・・・・・・・・・」

 

ああ、やっぱり・・・

どうも私は足から太るらしい・・・。

 

 

本日も読んでいただきありがとうございます!きらきら手描きふうクローバーおんぷWハート

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